« 捨て気な代車生活 | トップページ | 午後の美術館 »

2004.02.21

文学の復権

 先ごろの、芥川賞を19歳と20歳の二人が受賞したっていうニュースは、文学というか読書の復権って感じでなんだか意味もなくうれしかったんだけれども、その後のマスコミの騒ぎ方には少々うんざりだ。
 スポーツ紙がトップページで綿矢りさをアイドル扱い。芸能界のスカウトが狙ってるだのどうのこうのと伝えている。金原ひとみの立場はどうなるっつうの。

 こないだ、生徒(中学生)に芥川賞の話を振ってみたら、さすがに金原ひとみ「蛇にピアス」は中学生には読まれていないようだが、綿矢りさ「蹴りたい背中」のほうは読んでる女の子がけっこういた。
 それにしてもあの二人キャラクターが対照的なところが面白いねぇ。小説でも映画でも話題作に飛びつくってのは俺は生来アマノジャクなので嫌いなんだけど、ほとぼりが冷めたら読んでみるってことはよくある。今度こっそり買ってこよう。
(平野啓一郎の「日蝕」のときもそうだった)
 大衆文学と純文学の垣根がどういうものかは知らないが、売れ筋を狙うことなく書きたいものを書きたいように書けるのが純文学なら、純文学のベストセラーを出すなんてそれはそれは幸せなことだ。二人に乾杯。

 私小説以来の伝統なのか、わが国にはおよそ批判を許さないモノローグばかりの小説っていうものがある。小説ならまだいいのだが、最近じゃ個人のWebサイトだったり、このようなblogだったりするわけだが、こういうのはなんだか感想を述べることすら憚られて、読んだ後どうすればいいのって気になってしまう。作者が書くことに満足を覚えるのか、読まれることに満足を覚えるのかということの違いは大きい。

|

« 捨て気な代車生活 | トップページ | 午後の美術館 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/19737/217688

この記事へのトラックバック一覧です: 文学の復権:

« 捨て気な代車生活 | トップページ | 午後の美術館 »