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2004.06.27

音楽につれて

 中学2年生の夏休みの美術の宿題。創作意欲はわりとあったけれども、それを作品として結実させるには、何故か音楽が必要だった。大音響で鳴らすことが不可欠だった。
 普段聴くパンクやニューウェイヴでは、体が動いてしまって絵筆をとれない。次に、当時の中学生のあいだで賛否両論だった、非常にマニアックでアーティスティックな路線を歩んでいた中期YMOのアルバム"BGM"を聴いたが、これはなかなかよかった。そしてそれに飽きた頃、何気なスイッチを入れたFMチューナーから流れてきたのは、パイヤール室内管弦楽団によるバッハの「チェンバロ協奏曲第1番」。ロック小僧には圧倒的な衝撃をもたらしたねぇ。

 創作意欲は溢れかえり、イマジネーションは絵画制作そのものに留まらなかったのを覚えている。ちょうど絵画ではサルヴァドール=ダリの回顧展を見に行ったばかりだったからなおさらだ。スタンリー=クーブリックによって映画化されたことでも知られる、イギリスの作家アントニー=バージェスの小説「時計仕掛けのオレンジ」 "A Clockwork Orange"に、ベートーヴェンの交響曲に性的興奮を覚える少年が出てくるが、当時の状況は、その主人公の症状に近いものがあった。思春期の少年は、ある種の音楽を聴くと脳内麻薬の分泌量が多くなるみたいだ。

 バッハという人については当時なんにも知らなかったが、彼の作品をFM番組表で見つけると狂ったように聴き始めた。エアチェック(死語)は、バッハの作品を収めたカセットテープを増やすのに非常に重要だった。書架にはいつのまにかバロック音楽やバッハに関する書籍も増えていった。

 正直に告白すると、10代前半のある時期までは、「音楽はパンクかニューウェイヴじゃなけりゃ」なんて愚かにも決めつけていた。今となっては恥ずかしい固定観念だが、当時のディスコ系黒人音楽を頭の軽い体育系音楽とかたづけ、ハードロックやメタルの長い長いギターソロやオルガンのインプロヴィゼーションなんぞは、テクニシャンの技自慢にすぎないと本気で思っていた。今それらを聴くと、それらの良さはすごくよく分かるような気がするんだけれどもね。

 中学3年生のある日、興味本位で聴いたKing Crimson"In The Court Of Crimson King"を聴いたときにも、椅子から転げ落ちそうになるくらい衝撃を受けた。世界が見えていないことを思い知らされたよ。やっぱり凄いといわれているものはそれなりに凄いんだと実感させられた。ロックに衝動だけでなく芸術を感じた。ロクに聴きもせずにオールドウェイヴなどと蔑んでた俺は大馬鹿だったと恥じ入らざるを得なかった。

 そして高校時代はDuran Duranをはじめとするブリティッシュポップに痺れる。当時好きだった女の子はBilly JoelやCulture Clubのほうが好きだったが、俺は異様に耽美的な雰囲気をもった初期のDuran Duranが大好きだった。思い込み系音楽雑誌Rockin'Onを読みあさり、友人のバンドの真似事に付き合っていた。深夜までライヴに出かけ、楽器を弾く楽しさを覚え、酒もおぼえた。ランボーを気どって人生で一番享楽的だった高校時代。ああ楽しい思い出だ。でも、音楽だけでなんで人はこうも興奮させられるのだろうね。

 音楽や文学など芸術を語ることの楽しさを思い出させてくれた、鈴木創さんのサイト 「ロック世代のポピュラー音楽史」

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選挙に行くということ

 参議院議員選挙が公示され、選挙戦がスタートした。今回の選挙は、日本の政治を今後もあの小泉首相に委ねるのか否かを決する重大な選挙だ。低投票率が予想されるというが、解散のない参議院の選挙はつぎは3年後しかないし、衆議院だって小泉首相が解散しなけりゃおなじく3年後まで選挙はない。これから小泉首相に3年間も政権を任せたら憲法改正だって具体的な政治スケジュールに乗ってしまう。

 にもかかわらず、この国の国民の選挙への無関心さは、多くの方のblogでも語られているように、確かにひどく憂鬱にさせるものがあるが、ここ十年の政党の離合集散や政治の腐敗というのは、国民の政治不信を増大させ、政治への関心を遠ざける目的で意図的に引き起こされたあったのではないかとさえ感じさせる。もちろんそんな考えは陰謀論の謗りを免れないだろうが。

 しかし最近の国会で、まともに審議もしないで次々と法案が成立していくさまは、三権の一角である立法権の体をなしていないと言わざるを得ない。歴史的に見ても、議会の権威が失墜し、政治への不信が頂点に達したとき、多くの国で独裁、あるいは革命がやってきた。
 やつらに泡を吹かせたいとき、いったい何ができるだろう。選挙というものが意味をもたなくなったら、権力に対峙する側の選択の幅は非常に限られてくる。昔左翼勢力が言っていた「敵の出方論」ということになるのだろうか。しかし、政治家へのテロなど非合法で刹那的な手法は、議会制民主主義という制度そのものを否定することにもなる。選挙という手続きの大切さはここにある。たとえ面倒でも、勝ち目がなかろうとも、議会制民主主義にとって選挙は絶対に必要なものだ。国民が今回の選挙を棄権することによって国会が政治的に自殺することをみすみす許すわけにはいかないよ。

だからあなたも、一緒に選挙に行こう。

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2004.06.22

触らせるメッセージ

 文学には非常に関心があるわりに、いまだ不勉強なため、俺の無知をわかったうえでこの文章を読んでね。

 記号としての文字や言語表現が発達してきたのは、数百万年前、一時的に群れから離れ、ちょっとした冒険をしてきたヒトザルが、論理的に読者(聞き手)である群れの仲間に向かって、外の世界で見聞してきたものを伝達したのがはじまりだと聞いたことがある。いわば「解らせるメッセージ」とでも言うほかない機能を中心に強化・発展してきたんじゃないかな。
 その一方で、「触らせるメッセージ」ともいうべき、論理的表現になじまない詩的・感覚的表現も、また確実に進歩してきた。クロマニヨン人は、語りつくせぬ驚異や恐怖、希望を、洞穴の壁に描いた。「言語によらない知」は、絵や彫刻といったイメージ、あるいは言語の原初的意味を超えた比喩によってもたらされた。

 古来、洋の東西を問わず、詩は多くの人に愛されてきた最も代表的な「触らせるメッセージ」だ。俺も高校のころアルチュール・ランボーに傾倒し、理想的な人生がおくれたら30代で死んでもいいと思ったよ。今となってはちょっと恥ずかしいけど。

 時代や洋の東西を問わず、最も多くの人に愛されてきた「触らせるメッセージ」は詩だ。宗教や呪術と科学の区別がつかなかった時代は非常に長く続いた。この二つの側面は、言語によるコミュニケーションの発達の歴史の中では、ごく近代にいたるまでははっきり区別されていなかった、あるいは区別の必要を求められなかったんじゃないかな。それを近代イギリスの詩人であり、優れた批評家でもあったT.S.エリオットは、詩とは「思想の情緒的等価物」であるとし、哲学を「思想の論理的等価物」としてそれと対置し、峻別したという。
(なんてことは高校時代の現代国語の教科書で読んだだけだが)

 俺はこのblogでエッセイストをきどっているのか、哲学者のようにになりたいのか、それとも詩人のまねごとをしたいのか、今は自分でもよくわかっていない。

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2004.06.21

ポディウムの夢ふたたび

 F1GPでB・A・R Hondaの佐藤琢磨がアメリカGPで3位入賞。1990年の鈴鹿での鈴木亜久里以来、14年ぶりの快挙を成し遂げた。

 そうか、あれからもう14年もたったのか。14年といえば、現在F1を走っているすべてのドライバーがまだデビューしていなかったころだ。いまや皇帝と称されるミハエル・シューマッハーでさえ1991年のデビューだから、日進月歩どころか秒進分歩のF1界にあってははるか大昔の話だ。

 14年前、バブル経済のなか日本は空前のF1ブームの只中にあった。当時は第2期ホンダエンジンの全盛期で、セナやプロストがチャンピオンシップを争っていた。鈴木亜久里はローラのシャシーにランボルギーニのエンジンをつんだエスポ・ラルースというチームにいた。セナとプロストが2年越しの因縁で第一コーナーの砂塵に消えたあと、1位と2位に入ったのはベネトン・フォードのピケとモレノ。ブラジル人師弟コンビだ。

 当時の日本はバブル全盛期で、エスポもレイトンハウスもフットワークも健在だった。日本のバブル紳士は競ってF1に投資し、その潤沢な資金をバックに日本人のF1チャンピオンの誕生もそう遠くないと思わせたものだった。このレースでは日本人初のF1ドライバー、中嶋悟も5位に入賞した。若い亜久里に先を越された中嶋には悔しさがにじんでいたのを覚えている。

 しかし、それから十数年、バブル崩壊とその後の日本経済の沈没の中で、日本人のF1フィールドでの活躍はあまりみられなくなってしまった。F1に投資した人々にはF1界だけでなく実社会からもほとんど姿を消した人々もいる。そして日本からのスポンサーマネーが充分に得られなくなった日本人のF1パイロットたちは、一時はまったくいなくなってしまったこともあった。一時的には驚くべき速さをみせたこともあるにもかかわらず、中嶋や亜久里はもちろん、片山右京にしても高木虎之介にしても、優勝はおろか、表彰台に立つことすらはできなくなってしまっていた。

 昔話はこれくらいにしよう。

 今日、インディアナポリスで佐藤はついにやってくれたよ。またもや前には同じチームの2台が前にいて、うちひとりはブラジル人だけれど。

 ほとんど最後尾からのスタートであったヤルノ・トゥルーリやファン・パブロ・モントーヤの走りも素晴らしかった。トヨタのパニスもいぶし銀の走りで好成績を収めたと思う。しかし、誰よりも誰よりも速かった佐藤がいちばんかっこよかった。ポディウムに立った3人へのインタビューに英語で答える佐藤を見て俺はなんと誇らしかったことか。バブルとは無縁のアスリート佐藤。ポディウムでは優勝したシューマッハのためのドイツ国歌と、バリチェロの故国ブラジルの国歌は流れたが、「君が代」は流れなかったみたいだね。

 次はもう、ポディウムの中央に立つしかないだろう。彼ならきっとやってくれそうだ。かつてWGP(現MotoGP)を席巻した日本人たちのようにね。

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2004.06.20

Epitaph

 昔の学生運動、特に全共闘運動などの資料や、活動家の手記あるいは日記などを読むとき、いつも頭の中で鳴り響く曲は、King Crimson の "Epitaph" 。1969年発売のデビューアルバム "In The Court Of Crimson King" に収められた一曲だ。

 "Confusion will be my epitaph" 「『混乱』こそがわが墓碑銘」と歌うクリムゾンの叫びは、そのまま同時代の極東の小さな島国で起こっていた稚拙で無計画な叛乱を感じとっていたかのようだ。彼らの政治的主張はすでにお話にならないが、学生時代を遠く過ぎてしまった自分には、焦燥感ばかりだった学生時代が思い出され、情緒的には深く共鳴する部分もある。だから、誤解を恐れずに書くと、自分自身のあやまちと重ね合わせ、彼らの苦悩の記録を読むのは嫌いではない。

 彼らの時代や俺の学生時代と同じく、現在の社会にも理不尽なことは多く存在する。もはや大きな叛乱も起こらず、ある種の無力感さえ漂っている。しかし当時より矛盾は深まり、むしろ先鋭化していると言えるかもしれない。我々の前に広がるのは、ただ暗黒の世界 "Starless and Bible Black" とでもいうべきだろうか。

 だからといって俺は彼らと同じような結論には至りはしない。少なくとも虚無的になることはない。彼らが大切に持っていた何かについて俺はどうにも価値を見出せないかわりに、彼らが否定してみせた、粘り強く継続して取り組むべき何かが、俺にとってはなによりも大切なものであることだけははっきりしている。

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とっておきの孤独

 ある時期、日曜や土曜でなく月曜日が休みだったことがある。ところが博物館や図書館、美術館などはお休みだし、健康状態もあまりよいとはいえなかった時期だったので、休みであってもどこにも出かける気にならなかった。よって月曜日は半日くらい寝て過ごしていた。
 しかし、日曜の深夜から月曜朝方にかけては、テレビの深夜放送も休止していたりするので、読書をしたり、色々なことを考える時間を持てたという点においては、結果的によかったのかもしれない。

 「恋文は夜書いてはいけない」などといわれる。恋文に限らず、人間がたったひとり夜中に文章を書くと、思考が自分の情念に耽溺してしまい、読み手の存在を無視した非常にひとりよがりな文章になるという。自分の経験をみても確かにそうかもしれない。しかし、そこを逆手にとれば、純粋な意味での思索にとってこんなに都合のよい時間は他にないことにも気づくだろう。多くの哲学的思索もまた、夜の闇のなかで紡ぎだされたのに違いない。

 俺ももちろん、いつだって好ましい人と一緒にいる時間が好きだし、非常に寂しがりな弱い人間だと心得ている。しかし、深夜たった一人でいるときのとっておきの孤独というか、心地よい孤独といったものも、確かにあるのではないかと思う。そういった意味では、blog作者は中世日本文学の隠者の気持ちが理解できるんじゃないだろうか。

 このblogも、多くのエントリを深夜に書き連ねている。だから、できればあなたにも夜ひとりで読んでほしいものだ。

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天空のバッハ

 7年ほど前、職場で購読している朝日新聞の夕刊で読んだ、グレン・グールドと漱石についての興味深い記事を覚えている。グールドは、漱石の「草枕」を英訳で読んで傾倒し、音楽劇に仕立てたいと考えていたという。しかし結局、1981年に彼は死去し、それは実現しなかった。だが、俺はその楽劇とはどのようなものになりえるだろうかとあれこれ想像してみた。

 カナダ生まれのグールドは、その独特の完全主義ゆえか、コンサートを嫌い、32歳のときから50歳で亡くなるまでの18年間、コンサートを一切行わず、スタジオ録音を熱心に行ったことで知られる個性的なピアニストだ。

 蛇足だが、カート=ヴォネガットJr.の原作をジョージ=ロイ=ヒル監督が映画化した「スローターハウス5」。この映画は一度しか見たことはないのだが、冒頭からグールドのピアノで「チェンバロ協奏曲第5番第2楽章」が流れていたことが鮮明に思い出される。そうでなくてもSFばかり読んでいた中学高校時代の俺にとって、グールドのバッハは格好のBGMだった。ほとんど毎日「平均率クラヴィーア組曲」や「ゴルトベルク変奏曲」を聞いていた。彼のレコードを注意深く聞いていれば、彼が自分の弾くピアノとともに「歌っている」様子を聴きとることができる。

 さらに想像をめぐらそう。俺の物の見かたに強く影響を与えてくれたカール・セーガン博士についてはすでに書いた。思い出されるのは、セーガン博士の発案で、惑星探査機ボイジャー1号と2号に積まれた「地球の音楽」というレコードである。人類史上はじめて人工物として太陽系外に出た幸運なこの兄弟には、さまざまな人種によるあいさつの言葉や、ザトウクジラの歌などとともに、グレン・グールドの弾くバッハの「ゴルトベルク変奏曲」が収められたレコードが、再生装置とともに積み込まれていた。

 遠い未来、宇宙のどこかで誰かがグールドの引く個性的なバッハを聞いているのを想像するのはなんとも愉快なことだね。

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2004.06.19

センス・オブ・ワンダー

 それは、あの足元が危うくなるほどの衝撃をいうのだろう。中学生のとき、アーサー・C・クラークの「2001年宇宙の旅」を読み、脳天を思い切りどつかれるような衝撃を受け、SFに興味をもつようになったころのこと。

 数百万年前の人類の祖先は、不思議な石版に触れはっきりと進化の道筋を進み始める。道具(あるいは武器?)をうまく使うことを知り、人類は生き延びることができるようになった。しかし、その進化は、「地球外からの刺激」がもたらしたものだというのだ。
 当時の俺は、「2001年宇宙の旅」というクーブリックの映画に触れるより先に、クラークの小説を読んでしまったわけだ。映画にもある冒頭のシークェンスについて、人類の進化が、神のごとく超文明らしきものの導きで起こったという解釈はしなかったが、キリスト教を信じる人々のいくらかは、あれこそ神の導きをあらわしているといい、キリスト教と進化論との折り合いをつける話であるとみる向きもある。

 まあ、クラークの小説とクーブリックの映画はまた別物であり、それぞれの作者の世界観が反映していると思うが、俺はむしろ、クーブリックがその有名な冒頭部をその映画のテーマに用いたリヒャルト・シュトラウスの交響詩「ツァラトゥストラかく語りき」のごとく、「もはや神は死んだ」といい、「猿から人へ、人から超人へ」といったニーチェの思想をみておきたい。もっとも、唯物論に立つ俺は、人類がいくら「超人への意思」をもっていたところで、そちらに順調に進化するかどうかはまったくわからないと思うが。

 しかし同じ小説や映画を見ても、人によってまったく違う結論が出るのだから、「2001年」は小説も映画もほんと面白い物語だと思う。

 小説のほうは、クラークによって「2010年宇宙の旅」「2061年宇宙の旅」「3001年終局への旅」と書き続けられ、クラークのイマジネーションの一種の極限を見ることができる。

 クラークはまだ元気でいてくれているだろうか。

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進化のお荷物

 かつてテレビで放映されたカール・セーガンのテレビシリーズ「COSMOS」は、科学的思考の面白さや、科学の先人たちの苦難の足跡を中学生だった俺にも解りやすく教えてくれた。
 放映から二十数年が過ぎ、番組のホストであったセーガン博士も1996年ガンに倒れた。マーズ・パスファインダーが着陸し、ローバーを走らせ探査を行った火星のその場所は、博士に敬意を表し「カール・セーガン基地」と名づけられている。

 セーガン博士は、人類につきまとう愚かさを「進化のお荷物」だと言った。利己的な行動や、儀式欲、権力に盲従する愚かさ、恐怖や怒りに支配されて行う残虐な行為などは、理性を獲得した人間の振る舞いというより、かなり動物的な反応であるらしい。我々の脳細胞の奥底にある、いわば爬虫類の脳の産物だという。考えてみれば、儀式っていうのは面倒だが、決められたことやってさえいれば楽だし安全なわけで、脳みそは完全にお休み状態だ。

 九州の多くの高校には、今でも新入生を対象に一般的に行われる「応援団(あるいは応援部)」による「応援指導」なるものがある。学校側が生徒の「自主的」な「応援指導」によって権威へ服従することを教えるわけである。生徒を管理する側としては当然のことなのだろう。
 しかしここで何度も表明しているように、個人的には、家族愛や愛校心、郷土愛、愛国心などというものは、自分や他者をとりまく関係のなかで導き出したものでなくてはならないと思っている。サッカーで日本代表の試合を応援するときの高揚や、ふるさとの父母や友人の顔を思い出したときの郷愁は、学校や国家機関による国旗や国歌への忠誠の強制とは本質的に異なるものであり、混同してはならないものだと思っているが、現実の教育を取り巻く環境は残念ながらそういう状況にはないのが現実だ。

 先の応援指導だが、あれはそれなりになかなかよく考えられている。指導(?)を行う応援団は、長く厳しく、そしてうんざりする指導の最後の最後に、それまでの高圧的な態度から一転し、「よくがんばった」などと皆を称えて見せる。それに感きわまった生徒が思わず泣いてしまって、一同感動の嵐!みたいなことになる。そんな光景を見たり体験したことはないだろうか。

 これは「苦痛から解放されたよろこび」と「困難をやりとげた達成感」を誤解させ、動物的で安直なカタルシスに訴える一種のトリックではないだろうか。
 かつて北朝鮮の金日成主席が亡くなったとき、号泣する北朝鮮の人々の映像を見て、日本人の多くはたいへんな違和感をもったと思うが、俺は応援指導で感動して泣いている生徒というのは、彼らと大して変わんないと思うよ。
 信じることはたやすく、依存することはたやすいが、泣く前に泣かされていないか、怒る前に怒らされていないか考えるべきだろう。たやすく信じない勇気も必要ではないかと思う。

「古代の神話作者は、私たちが天と地の子供であることを知っていた。私たちは、この地球上に住むようになってから、進化の危険なお荷物をかかえ込んでしまった。それは、攻撃欲や儀式欲、指導者に屈服することや、外部の人に敵意を持つことなどの、遺伝的性質である。そのような性質のために、私たちが今後も生き伸びられるかどうか、いささか疑問となっている。
 しかしながら、私たちは他人に対する同情心や自分の子どもや孫に対する愛情、歴史に学ぶ気持ち、偉大で高い情熱的な知能も持っている。これらは、私たちが今後も生き延び繁栄しつづけるための明らかな道具である。」

「私たちが宇宙から地球を見るときには国境線は明らかではない。私たちの惑星・地球が、青い弱々しい三日月となり、しだいに小さくなって、恒星の城やとりでを背景に、目立たない小さな光の点となってゆくのを見れば、狂信的な民族的、宗教的、国家的排他主義を信じることは、いささかむずかしくなってくるだろう。旅をすれば、視野が広がるものである。」

 --- 「COSMOS」木村繁 訳 ---

 セーガン博士は、すぐれた天文学者、生物学者、哲学者であり、比類のない教育者でもあった。俺は、彼の著作によって物の見方をすっかり変えられてしまったよ。

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2004.06.15

有事関連法成立

 世間は大阪近鉄とオリックスの合併でもちきり。俺も野球好きなんで気がかりなニュースだが、気がかりといえば、有事関連7法案が与党と民主党の賛成で国会を通過したこと。戦後政治はいよいよ終わり、戦前への回帰が鮮明となった。民主党の賛成を得たことで、憲法改正論議も本格化しそうな予感。今日は小泉首相にとっては個人的なことでたいそう忙しい日になりそうだが、ひとまずその前日までに一仕事終えたかったのだろうね。

 毎日新聞は、佐世保の例の事件の加害女児が精神鑑定を受けることがトップ記事だ。有事関連法成立に関する記事は3番目の扱いでしかない。マスコミにとっては有事関連法の成立など「織り込み済」らしい。
 それでは2番目の記事はなにかというと、自衛隊の多国籍軍参加についての政府統一見解として今日にも発表するという内容だ。小泉首相は多国籍軍においても航空自衛隊に米兵の輸送の任務を与えるつもりらしい。これまでも復興支援の名のもとにやってきた後方支援活動をはじめ、アメリカの戦争への参加にいよいよ歯止めが利かなくなってきたようだ。

 新聞記事といえば、小泉首相のサミットでの姿はじつにみっともないものだった。報道される首脳らの写真では常にブッシュのわきにいて、腰ぎんちゃくのようだった。まあそれが実態なのかもしれないが。

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2004.06.13

踊るジジばば

 政府は自衛隊の多国籍軍参加を可能とする法的根拠は、イラク特措法についての政令の改正で処理するという。国会の議論もなく、行政府の長である内閣総理大臣小泉純一郎の一存でことが決定するということは、日本にもいつのまにかナチスドイツのような、行政府に立法行為を認める全権委任法のようなものが制定されていたということなのだろうか?

                ※                  ※

 以前、中学生のとき教えた生徒で、いま高校生の紫朗くん(仮名)という男の子が、音楽のことでメールで質問をしてきたことがある。俺に音楽の趣味があることを覚えてくれていたようだった。分かる限りにおいてコード理論のことや、PCのシーケンスソフトのことなどを答え、とある作曲入門の本をあげたのだが、それ以来彼はときおり自作曲のMIDIファイルをメールで送ってくるようになった。そこで、何種類かにアレンジして自宅の機材で録音し、とある場所にWMAファイルとしてアップロードしておき、ダウンロードしてもうらうようにした。いわばコラボレーションである。

 そのうちの一曲「辺境の村のジジばば」(なんという題名!)。原曲はパッヘルベルの「カノン」のコード進行を使った、ロールプレイングゲームのBGM風の短い曲。そこで、彼の原曲に少しだけアレンジを施したものと、ロック調のもの、ダンスミュージック調のものを3つ作ってみた。
 そのうち、最後に録音したダンスミュージック調のものがまだネット上にあるので、Windowsをお使いのみなさんに聞いていただければ光栄だ。我ながらどっかで聴いたことがあるようなアレンジになってしまったと思うし、紫朗くんによる原曲が短いのでループしまくっているが、これは昔のゲームミュージックだと思ってどうか許してほしい。

 個人的に、パッヘルベル「カノン」のコード進行は通俗的だとは思うが、明るく前向きな印象で好きだ。中島みゆき「時代」、サザン「yaya あの時を忘れない」、山下達郎「クリスマスイブ」、Village People( & Pet Shop Boys ) "Go West"などなど、調は異なるがこのコード進行を使っている曲はけっこう多い。

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2004.06.11

我が心のレイ=チャールズ

 俺は中学生のとき、映画「ブルース=ブラザース」でレイを知った。主人公のジェイク率いるバンドが、楽器を調達に行く楽器屋のおやじ役で出演していた。そして一曲だけ歌ってみせる。おんぼろエレピも彼の手にかかるとまあなんとヒップな音を出すこと。そしてバンドはそのぼろピアノを買っていく。
 ジョン=ランディスによるあの映画は、アメリカの黒人音楽、いやアメリカ黒人への賛歌だ。ヒトラーを崇拝するネオナチ、白人好みのコンサバなカントリーバンド、さらには警察までをも敵にまわしながら、ジェイクとエルウッドは、孤児院を売却から救うためのチャリティライヴを演るべく奔走する。彼ら兄弟は白人ではあったが、教会付属の孤児院で黒人とともに育った。最近もBS2で放送されていたが、ありゃ名作だよ。DVDがあるのなら欲しいねぇ。

 かつて赤狩りと戦ったアメリカ映画界は、まだまだ棄てたものではない。マイケル=ムーアをはじめ、まだまだ「闘う」映画人はいるものだ。

 そのレイ=チャールズが亡くなった。享年73歳。かつて強度の麻薬中毒と戦い、それを克服した彼には、まだまだ元気でいて欲しかった。彼はゴスペルとブルースを融合しソウルミュージックを作りあげた。7歳で失明し、15歳で孤児となったというレイ。
「社会の底辺。我々より下には地面しかなかった」と彼は言った。だから彼のソウルは本物だった。神を信じない俺にも、彼の音楽は確かに伝わってくる。

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2004.06.10

トカゲのニヤケ顔

 イラク駐留の多国籍軍への参加表明をブッシュへのみやげにするとは、小泉首相も相変わらずの対米従属ぶり。どう考えても、憲法に違反する集団的自衛権の行使につながると思われるのだが、これも奴はとぼけてはぐらかしてしまうのだろうか。あの男が人を騙すときの、トカゲのようなニヤケ顔を思い出すだけで虫唾が走る。
 小泉首相との会談で、ブッシュ大統領は日本の安全保障理事会の常任理事国入りを支持する発言をしたと伝えられている。そもそも常任理事国入りは、国連への分担金が多いんだから権限をよこせという日本政府の主張らしいのだが、俺は現在の日本が安全保障理事会の常任理事国になっても、アメリカの応援団になるだけで世界平和にまったく有害だと思うので断固反対だね。

 小泉政権を振り返ってみよう。「構造改革」を唱えヒステリックに「自民党をぶっ壊す」と叫んで見せたが、彼は決して自民党の破壊者などではない。金にまみれた自民党政治の正当な後継者であって、ほころびを見せ始めた政権党をちょっとだけ衣替えしてみせるべく現れた道化にすぎないのだ。
 小泉首相は、あの特攻隊を美化するほど時代錯誤な男である。教科書問題や靖国参拝問題では近隣のアジア諸国に対する配慮はかけらもない。徹底した米国追従を「根っからの親米主義者」だと開き直り、就任早々の訪米時の日米首脳会談でも、当時あいついでいた沖縄での米兵の凶悪犯罪にはほとんど触れずじまいだった。例年のサミットでは常に徹底したアメリカ追従の姿勢を見せ、テロ対策やイラク復興を名目に、アメリカの侵略戦争を手伝うために自衛隊を戦地に行かせた。国民福祉の切捨てを実行し、サラリーマンの医療費の負担増を行い年金制度を改悪した。「痛みに堪えてよく頑張った」などと横綱をほめたたえ、国民にあてこすりをしたあの男の欺瞞を決して忘れない。官邸は政府を批判するものやマスコミをことあるごとに恫喝する。国民に痛みを押し付け、言論を封殺し、戦争へとつながる凶悪な政治。小泉首相には、最悪のファシストの名こそふさわしい。

 blogをはじめて数ヶ月経った。ここ最近、政治がらみのネタが多く、ここにきて下さっている方もそういうblogだと思っていらっしゃることだろう。初期のエントリを振り返ってみるとわかるが、本来このblogは、音楽や芸術や趣味を中心に、日常の様々なことを記していこうと思ってはじめたものだった。こういう政治がらみのことは本来書きたくて書いたものではなかった。しかし、書かなければならんと思ったから俺はこうして今日も書いている。blogで政治を語らなくてもすむ時代がくればいいと思ったりもするが、blogで政治を語ってはいけない時代が来るのだけは絶対に困る。だから今日も俺は書き散らす。

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2004.06.07

ギャングの連帯感

 あの少女は、人の死というものをどう考えていたのだろう。いまどきの子どもとはいえ、殴られれば痛くて、切られれば血が出て、悪ければ死に至るということは知っていたはずだ。明確に人を殺せる方法で人を殺したのだ。むしろ、冷静に確実に相手を殺害することを知っていたようだ。
 この事件がネットや教育制度、教師、あるいは親に責任があるというような理屈を述べることはたやすい。報道によれば、加害者は被害者にWebページの開設を手助けしていたほど両者は仲良しであったという。しかし、その関係の結末には慄然とさせられる。ひとつ言えることは、殺された子どもと殺した子のあいだには、メールやチャット、あるいは実際の会話の中にも、意思の疎通はまるでできていなかったということだ。
 しかしそれを他人事のように聞き流せるだろうか、あなたの周りに、意思疎通はおろか、話すことすらしたくない人物はひとりもいないといえるだろうか。残念ながら俺にはいるよ。また、街中でひどい運転をし、他人の生命を危険にさらすドライバーに殺意を抱いたこと。あるいは特定の政治家にテロリズムを敢行する白日夢を見たこともある。暗く冷たい衝動が脊髄を駆け巡ったことは幾度となくあった。
 でも、俺は息苦しくとも社会のなかでなんとか生き残ってる。この妄想はいつだって俺を誘惑するけれど、俺が知りえた知識や、理性や、想像力がそれを許さない。

 テレビのニュースは連日どこかの国の人々が無闇に殺されていることを報じている。だが画面のこちら側にはまるで実感がない。戦争を起こした指導者は正義のためと嘯き、テロリストは嘲笑う。やつらは当然のように開き直る。わずかな金を奪うためにたやすく人を殺す者たち、自ら死を選ぶ多くの人々。死という現象のデフレーション。俺はまたも吐き気がする。
 人類が高度なコミュニケーションを行う力をもつに至ったというのなら、恐怖や怒り、疑心暗鬼からの殺戮や戦争からは、そろそろ解放されなければならないだろう。
 真摯に相手に意思を伝えようと努め、また相手の言葉を理解しようと努めるなら、ネットだって現実社会だって、あるいは個人だって国家だって、必ず相互の理解は可能となるはずだ。そうでなければ人類に生存する価値はない。

 教育基本法を改正し、教育勅語の精神を復活させたいという勢力は、この事件を最大限に利用するだろう。しかし、むしろ彼らが教育基本法にうたわれた戦後民主主義教育のあるべき姿を歪めてきたんじゃないだろうか。人間の命は何より大切なものだというあたりまえの事実を彼女が十分知らされていたならば、そのとき殺意を振り払い、笑顔を取り戻せたはずなのだ。

 子どもたちに日の丸や君が代などという偶像を崇拝させることは、権力を批評あるいは批判することは悪であると教えること。思考の停止を教えること。この世界で常に気を遣わなければいけないのは常に自分が他人と違っていないかということ。自分たちと異質なものを決して理解しようとせず、それを攻撃する側にいることで安心感を得る。まるでギャングの連帯感だね。でもこんな醜い思想が子どもたちのみならず、いまや日本中を覆ってしまおうとしている。

                ※                  ※

教育基本法

【前文】
 われらは、さきに、日本国憲法を確定し、民主的で文化的な国家を建設して、世界の平和と人類の福祉に貢献しようとする決意を示した。この理想の実現は、根本において教育の力にまつべきものである。
 われらは、個人の尊厳を重んじ、真理と平和を希求する人間の育成を期するとともに、普遍的にしてしかも個性ゆたかな文化の創造をめざす教育を普及徹底しなければならない。
 ここに、日本国憲法の精神に則り、教育の目的を明示して、新しい日本の教育の基本を確立するため、この法律を制定する。


【第1条 教育の目的】
 教育は、人格の完成をめざし、平和的な国家及び社会の形成者として、真理と正義を愛し、個人の価値をたつとび、勤労と責任を重んじ、自主的精神に充ちた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない。

【第2条 教育の方針】
 教育の目的は、あらゆる機会に、あらゆる場所において実現されなければならない。この目的を達成するためには、学問の自由を尊重し、実際生活に即し、自発的精神を養い、自他の敬愛と協力によって、文化の創造と発展に貢献するように努めなければならない。

                ※                  ※

【教育勅語 抜粋】

「常ニ国憲ヲ重シ国法ニ遵ヒ一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ以テ天壤無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ 是ノ如キハ独リ朕カ忠良ノ臣民タルノミナラス又以テ爾祖先ノ遺風ヲ顕彰スルニ足ラン」

※拙訳
「常の国憲を重んじ、国法に従い、いったん大事があれば義勇をもって朕とその皇統のために尽くすべきである。これはただ朕の忠良な臣民であるという理由からだけでなく、祖先から受け継いだ顕彰すべき遺風なのである」

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2004.06.05

警察という闇

 年金法案の与党による参議院委員会強行採決のニュース。まもなく参議院本会議を通過すると思われる。じつは現代社会の講義で、学生たちに今回の強行採決を予言していたのだが、不幸にも的中した。しかし入試問題ならともかく、こんな予言が当たってもちっともうれしくない。
 夜に教えている中学生の社会科でも、ニュースで流れている「審議打ち切り」とか「強行採決」あるいは「牛歩」とは何かなどと質問されても、答えるべき言葉がなくて困る。民主主義を担う有権者になるべき子どもたちに、国会のひどい有様を見せること自体、若者の政治離れを加速してしまいそうだ。
「国会は国権の最高機関であって、国の唯一の立法機関である」という憲法41条の規定は中学3年生だって知っている。しかし現状はあのとおり。参議院議員選挙を前にしているにもかかわらずこの暴挙に出るとは、野党勢力も舐められたものだ。

 成立といえば、本国会ではいくつか道路交通法の改正もおこなわれた。自動車運転中の携帯電話使用に罰則を設けることになったことはよく知られているが、駐車違反の取り締まりの民間委託が可能となったことも忘れてはならない。今後、駐車違反の取り締まりは「民間業者」が「営利目的」に行うことになるわけである。その「民間業者」が警察官僚の天下り先となるのは目に見えている。裏金疑惑が盛んに報道されているにもかかわらず、法改正に名を借り堂々と警察は新たな利権を確保したわけだ。今にはじまったことではないが、最近の裏金騒動や言論弾圧の事例に限らず、日本の警察は計り知れないほど闇に包まれている。

 クルマやバイクで走り回るのは好きだ。しかし思い切り飛ばすのはクローズドサーキットでと決めてもいる。俺は物理的に遵守することが難しいスピード制限以外、道路交通法は遵守する立場である。しかし、取り締まりを受け警察の懐に入る反則金を払うくらいなら、むしろ正式裁判で争って国庫に罰金を納めるほうがマシだ。

 現在の警察組織が交通取締りを組織の利益のために行う限り、普通の市民がまさに「普通に」通行しているだけであっても速度取締りに遭う可能性はある。これはまるで昔、旅人が時として遭遇した追いはぎや夜盗のようなものだ。外国の悪徳警官のように露骨に賄賂を要求したりしなくとも、もっと悪質な搾取を一般市民から組織的に行っているわけである。「あそこを通ったのは運が悪かった」などとあきらめるしかないのが現状だが、警察はもはや市民の敵というほかはない。交通安全はもちろんのこと、道路行政の民主化など果てしなく遠い彼方だ。

 時として絶望的な気分に陥ることもあるが、こうして書くことで救われ、異を唱える人々が少なくないことに勇気づけられる。奴らはいつか倒されなければならない。

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