とっておきの孤独
ある時期、日曜や土曜でなく月曜日が休みだったことがある。ところが博物館や図書館、美術館などはお休みだし、健康状態もあまりよいとはいえなかった時期だったので、休みであってもどこにも出かける気にならなかった。よって月曜日は半日くらい寝て過ごしていた。
しかし、日曜の深夜から月曜朝方にかけては、テレビの深夜放送も休止していたりするので、読書をしたり、色々なことを考える時間を持てたという点においては、結果的によかったのかもしれない。
「恋文は夜書いてはいけない」などといわれる。恋文に限らず、人間がたったひとり夜中に文章を書くと、思考が自分の情念に耽溺してしまい、読み手の存在を無視した非常にひとりよがりな文章になるという。自分の経験をみても確かにそうかもしれない。しかし、そこを逆手にとれば、純粋な意味での思索にとってこんなに都合のよい時間は他にないことにも気づくだろう。多くの哲学的思索もまた、夜の闇のなかで紡ぎだされたのに違いない。
俺ももちろん、いつだって好ましい人と一緒にいる時間が好きだし、非常に寂しがりな弱い人間だと心得ている。しかし、深夜たった一人でいるときのとっておきの孤独というか、心地よい孤独といったものも、確かにあるのではないかと思う。そういった意味では、blog作者は中世日本文学の隠者の気持ちが理解できるんじゃないだろうか。
このblogも、多くのエントリを深夜に書き連ねている。だから、できればあなたにも夜ひとりで読んでほしいものだ。
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コメント
ご無沙汰しております。
夜、文章を書くことで得られる思考は、
きわめて純粋な主観で、
それを、翌朝読み直すことは、自らの思考を
客観視することなのかもしれません。
投稿: まつもと | 2005.05.01 06:08