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2005.03.27

揺れる大地の、ユレルココロ

 公立高校の合格発表が終わり、国公立大学の後期の合格発表が終わると、俺の今年度の仕事は事実上終わりとなる。

涙に目をはらしているにもかかわらず、職場を訪ねてくれた女生徒。
「(滑り止めの)○○高校で頑張る。」なんて健気な声で言う。心がひりひりするよ。「合格できなかったのは君のせいじゃない」なんて言ったって、空しく響く。でも「ごめん」と言わずにはいられない。

 仕事は一段落したが、職場のファイルサーバにしていたPCが壊れたのでその再構築に協力したり、年度末の慰労会で泊りがけで飲んだりと、公私ともなんだかんだですごく忙しかった。
 とくにファイルサーバが落ちたときは、およそ今年度の仕事は終わりかけていたとはいえ、来年度用のテキスト改訂に着手しようかというタイミングだったので、頭が真っ白になったよ。RAIDを構築してなかったんで、ここ数年の様々な文書が失われたかとも思われたけど、なんとかデータの読み出しには成功。新たなサーバ機を調達してRAIDも組んだ。今回の故障は電源ファンの故障からの熱でのディスク損傷だったので、今回はいろいろと冷却には気を遣ってある。

 そうそう、20日の地震には肝を冷やした。休みなんでカーテンも開けずにぐっすり寝てたんだけど、あんなふうに地震で目覚めたのは、生まれて初めての経験だ。いまのところ被害は壁の時計が傾いたことと、もらいもののクルマのミニチュアが落っこちたこと、ダイニングで電話機の子機が動いてアラームが鳴り、すわガス漏れかと慌てたことくらい。職場も書類ファイルが若干落下したくらいで済んだようだ。
 しかし、玄海島はじめ、近隣の市町村には大きな被害を受けたところも多い。福岡市の美容師の友人によると、彼の店のあるビルの床は隆起し、ガラスは割れ、エアコンは落ちそうになっていて、営業不能の状態だそうだ。やはり埋立地の地盤はなにかと脆弱なのだなあ。
 余談だが、この友人は昨年信号停車中に衝突事故を起こされてクルマを壊されたり、台風で実家が損壊したりとなにかと大変だった。ついていないね。本当に気の毒。

 地震を心配した大勢の知り合いから連絡をいただいた。心配していただいて感謝しております。

 それにしても島根県。ただでさえ対日感情がよくないのに、日韓国交回復40周年の年によりによって「竹島の日」なんて制定するかなぁ。竹島の領有権を主張するにしても、やりかたはもっと他にあっただろうに。
 折りしもこの国は万博を開催しようとしており、国連の安全保障理事会の常任理事国にだってなりたいはずなのに、近隣の諸国がこぞって常任理事国入りに反対するといった事態も予想される中、はたして日本は国際社会のどの部分を代表するのだろうか。
 冷水を浴びたのは、なにも韓流ブームをあてこんだビジネスだけじゃない。海峡の両側の、多くの人々の努力まで損なわれる状況だ。

 サッカー、イラン戦は残念だったね。海外組は土壇場に招集がかかったけれど、急ごしらえのチームのまとまりはいまいちだったようだね。イラン戦といえば、12年前のワールドカップ最終予選で、イランに敗北したのが結果的にドーハの悲劇を生んだんじゃなかったっけ。あのときイラクに引き分けても、その前のイランに勝ってりゃアメリカに行けたはずだった。
 そういえば、コンビニで見た週間プレイボーイの表紙に「悪の枢軸を連破してドイツへ」かなんとかという見出しがあったけど、いくら青年誌とはいえこりゃヒドいんじゃないかい。少なくとも俺はブッシュの定義をそのまま受け入れるつもりはないぞ。いろいろ問題はあるかもしれんが、かつてのサダム=フセインのイラクや北朝鮮ならいざ知らず、曲がりなりにもイランは大統領を直接選挙で選んでいる国なんであって、この点だけをみればブッシュのあの国よりも進んでるよ。それにイスラム革命の前も後も、日本とは伝統的によい関係にある国なんだが。

 このところほぼ月一回しかエントリを書いていない。暖かくなってきたから、そろそろ復活しないとね・・・

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