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2005.04.23

憲法 その崇高な理想と目的

 ゴールデンウィークの休日のうち、4月29日の「みどりの日」は最近「昭和の日」などと名称変更されるらしい。あのひとたちはこの日が昭和天皇の誕生日だったことをそんなに思い出させたいのかねえ。
 昔、俺の通った大学の政治学の先生で、いまでも地方テレビ局の選挙報道によく出てくる某国立大の教授が、講義の中で、「私は右翼なので天皇誕生日賛成です。どうせなら神武天皇以来、歴代すべての天皇の誕生日を全部休日にしてほしいと考えます」なんて冗談をいっていたのが思い出される。そういえば、俺が大学3年生だったころまで、かろうじて4月29日が「天皇誕生日」だったんだっけ(ここで年齢がバレる)。

 そして5月3日はいうまでもなく憲法記念日。最近はかつてないほど憲法についての議論が活発だが、俺は情緒的に現行憲法を愛しているし、信条として支持している。

 改憲論者の一部は「憲法はもはや古く、現在の世の中には対応できていない」という。現在の憲法が制定されたとき、想定されていなかったという意味の「新しい人権」の保障はどうするのかと。一部の政党などはそれにのせられて「憲法の民主的条項の改正なら支持する」などと表明しているところもある。しかし、改憲論者の陥穽にハマってはいけない。
 俺は、環境権は憲法に明文化せずとも、現在の憲法の規定にある生存権(25条)や幸福追及権(13条)にその根拠を求めることができると考える立場を支持する。また、「知る権利」や「プライバシーの権利」についても、現在の憲法条文に根拠をもつ立法行為によって対処可能であると考えている。まして取り急ぎ憲法を改正しなければならないようなものではまったくない。

 また、よくいわれる「憲法裁判所」の設置の必要性も特にないだろう。もともと憲法において違憲審査権をもつはずの裁判所が、「統治行為論」の名のもとに、本来影響されるはずのない政治的な理由で判断を避けてきたことこそが問題なんであって、最高裁判所は「一切の法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する終審裁判所」(81条)であると憲法は定めているんだから、司法権の独立性をより高め、機能強化することで対処できるはずである。

 これらは、自衛隊法その他の制定について、9条をほとんどなし崩し的に解釈変更することによって強引におこなわれてきたために発生した矛盾にくらべれば、とるに足らない問題だ。中学校の社会科公民分野の教科書だって、憲法は国の「最高法規」であるということくらいは教えている。

※「第98条 この憲法は、国の最高法規であつて、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。」

 改正論者にとってのの本丸は、さまざまなことでカモフラージュしたとしても、第9条であることに疑いの余地はない。改正論者は「憲法を改正する場合は国民投票をおこなうと規定されているにもかかわらず、国民投票について定めた法律がないから制定しなければならない」なんていっている。しかし、あくまでも個人的な意見として言わせてもらうなら、第9条なんかよりもさきに、第1条の「天皇の地位」について考えてみてはどうかと思うよ。天皇の地位については、憲法には「国民の総意に基づく」(1条)と規定されているにもかかわらず、天皇制の存続に関する国民投票といったものは規定として持っていないよね。憲法草案が旧帝国議会で採択されて以来、日本国民が天皇制の存続について尋ねられたことは一度もないんだが、これは問題ないのかね。

 しかしながら、そんなことは些細なこと。今はこの憲法を一言一句変える必要はない。半世紀以上経ってもいまだ色あせない進歩的な条項は、なんとしても守らなくてはならない。一部の改憲論者は、この憲法がもはや古臭く、国際社会から嘲笑されているかのように言うが、いったいどこの誰がそんなこと言っているというのだろうか、知っていたら教えてほしいものだ。


(日本国憲法前文より)

「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。

われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。

日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。」

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コメント

<環境権は憲法に明文化せずとも、現在の憲法の規定にある生存権(25条)や幸福追及権(13条)にその根拠を求めることができると考える立場を支持する。また、「知る権利」や「プライバシーの権利」についても、現在の憲法条文に根拠をもつ立法行為によって対処可能であると考えている。

その通りだと思います
TBありがとうございます
読売新聞の社説はどうなの
http://love.ap.teacup.com/kouhei2/
関連エントリー
http://love.ap.teacup.com/kouhei2/23.html

投稿: kouhei | 2005.04.23 08:06

トラバどうもです。
仰る様に、会見の主目的が9条にあることは明白ですね。それを万博やなんかでブームである「環境権」なんて使って覆い隠そうとしているようですね。
憲法は主に、国民に対してではなく国家を規制するための法であったはずです。それをなにかにかけて9条改正、国民統制と軍事事態に備えた国づくりを可能にしようと改憲論を持ち出すのは、とても恐い事だと思います。

投稿: じゃかりご | 2005.05.11 21:09

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