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2005.05.03

憲法についての覚書

近代憲法の特徴(末川博・元立命館大学学長・法学博士による)

1.国家権力の干渉からの個人の解放。→ 国家権力からの自由。
2.国民主権の原則。→ 近代憲法を近代憲法たらしめる中核的原則。
3.権力分立。 → 権力を機能に応じて分割し、抑制と均衡によってその濫用を防ぐ。


「憲法3原則の再検討を」(共同通信)
 「憲法論議の活発化などを目的とした「21世紀の日本と憲法」有識者懇談会(民間憲法臨調、三浦朱門代表世話人)は3日、提言を発表した。憲法3原則の国民主権と平和主義、基本的人権の尊重などに関し「憲法の目的がより良き国家の形成にあり、諸原則はその実現のための手段である以上、いたずらに聖域視することなく、正しい把握と再検討が必要だ」と主張している。」
[共同通信社:2005年05月03日 19時30分]


 改憲勢力がそのターゲットにしている「平和主義」はともかく、市民革命以来の近代の人権思想の根幹をなす「国民主権」や「基本的人権の尊重」まで再検討しろというのだから恐れ入るよ。「識者」さんたちのいう「より良き国家」っていったいどんな国家なのかね。

 GHQのもと日本占領にあたったアメリカ人官僚の多くは、F.ローズヴェルト時代に台頭した「ニューディーラー」とよばれる、リベラルで理想主義的な人びとだった。彼らは、当時のアメリカ合衆国憲法すら実現し得なかった、多くのすぐれた規定を憲法草案に加えた。今日、侵略戦争や国際紛争解決の手段としての戦争を否定した憲法はひとり日本国憲法のものではないが、一切の戦争を否定し、すべての戦力の不保持を宣言した憲法はいまも世界に類例のないものである。
 たしかにGHQ案より幣原内閣の作成した草案(いわゆる松本試案)のほうが、制定過程だけを見れば形式として理にかなっていたのかもしれない。しかし、政府の草案は旧憲法にお色直しを施しただけのお粗末なシロモノにすぎなかった。近代憲法の原則に適合した草案は、所詮当時の政府には作りえなかったのである。言葉は悪いが「いいものはいい」と俺は思う。イギリスで発達した 「法の支配」の考え方における「法」の正当性とは、法の制定過程の正当性を重視する、いわゆるドイツ流「法治主義」の考え方とは大きく異なっている。制定過程よりもむしろ、自然法にてらし「よき法」であるかどうかに重きを置くべきであるとされる。

 面白いのは、憲法公布まもないころの国会の論戦だ。現在、代表的な護憲勢力としてとらえられている日本共産党の野坂参三議員(当時)が、国会で「正しくない戦争(侵略戦争)と正しい戦争(防衛戦争)があるので、『侵略戦争の放棄』に変えてはどうか」と国会で当時の吉田茂首相に質問している(1946年6月28日、衆議院本会議)。
 それに対して吉田首相は「近年の戦争の多くは国家防衛権の名において行われたることは顕著なる事実である」と述べ、「正当防衛権を認むることがたまたま戦争を誘発する所以である」と答弁した。現在とはおよそ攻守が逆転しているのが面白いところ。
 ちなみにその後、日本共産党は、幾度か綱領を改定し、第9条が日本の軍国主義への歯止めとなる進歩的条項であると認め、日本社会党などとともに第9条護憲の立場に転じた。

 この状況に劇的な変化がおきたきっかけは、東西冷戦の激化に伴うアメリカの対日占領政策の転換だ。1948年に朝鮮半島が分断され、49年に中華人民共和国が成立するという事態となると、アメリカは一気に反共政策を強化した。レットパージが行われる一方で、戦犯指名された政治家の多くが追放解除となって続々と国政に復帰してきた。日米開戦当時の東条内閣の商工相であった岸信介や、京大滝川事件当時の文相であった鳩山一郎も、このころぬけぬけと政界に復帰してきた。言うまでもなく、現在自民、民主両党で、憲法改正を主張する勢力の中心をなしている政治家の祖父たちである。

 鳩山氏が自由党内の反吉田勢力を結集してつくったのが当時の民主党。また、1955年の左右社会党の合同に危機感を抱いた財界の肝煎りでその民主党と自由党が合同してできたのが現在の自由民主党だ。鳩山氏はその初代総裁として首相をつとめた。また岸氏は追放解除後、同じく自由民主党総裁となって首相をつとめ、日米安全保障条約改定を強行した。占領後期のレッドパージから単独講和、独立、安保条約調印という一連の流れの中で、公務員の争議権は失われ、教育委員の公選制は任命制となり、朝鮮戦争を機に創設された警察予備隊はまもなく自衛隊にかわった。破壊活動防止法の制定という治安立法もおこなわれ、戦後の民主主義はここで大きな逆風を受け、後退を余儀なくされた。

「この世における一切の法は、闘いとられたものである。あらゆる重要な法規は、まずこれに抗争する者の手からもぎとらねばならなかった。そうして民族の権利たると個人の権利たるを問わず、すべての権利は、これが主張に対する不断の用意を前提する。法は、単なる思想ではなくて、生きている力である」
-----イェーリング「権利のための闘争」-----

なんとか憲法記念日のうちにアップできた。
今後少し手直しするかもしれないが悪しからず。

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コメント

TB有難うございました。
憲法問題はとても複雑で難しいですが
とても勉強になります。
憲法は日本の民主主義に不可欠だと思います。

投稿: YOSHI | 2005.05.04 16:53

初めまして。TBさせていただきました。
私は現在、法学部の学生なのですけれども、近代憲法の意義を理解しておられない方々の行動に危惧しています。
憲法や人権や平和について、共に考えていければ、と思っています。

投稿: ある法学徒 | 2005.05.05 17:43

>YOSHI さん

 トラックバックありがとうございます。現在の、「現行憲法は古い」というキャンペーンは、ムードに弱い日本人を「論語読みの論語知らず」どころか「憲法読まずの憲法改正賛成」に導く可能性があります。「議論するなら、まず憲法を読め」といいたいところですね。

>ある法学徒さん

 トラックバックありがとうございます。ブログ拝見いたしました。ある法学徒さんの通っておられる大学から競馬場や自衛隊駐屯地が見えるなら、それはわたしが卒業した大学とおんなじかもしれませんね。
 私が法学部に行ったのは、もともとこの憲法を学ぶためでした。結局ゼミは刑法にすすみましたが、憲法を学んだことは私にとって本当に意義深いことです。

投稿: Rough Tone | 2005.05.05 19:50

どうも、こんばんは。ある法学徒です。
実はRough Toneさんのblogへは、「闘うリベラルのチャンネル」(http://ch.kitaguni.tv/u/5411/)から参ってきました。

私の大学からは、競馬場や自衛隊の駐屯地が見えます。先日は、玄界島へ出動するためか、ヘリがキャンパスの真上を飛んでいきました。こんな大学、全国でも一つくらいではないでしょうか。本当に奇遇ですね。同じ大学とは全く知らずに訪れていたのです。

刑法ですか~。立石先生の時代でしょうか。憲法は今は植木、落合という二人の先生ですけれども、以前は上脇、瀧澤という二人の先生がいました。もっと前は、大隈先生というのもおられましたが……。

投稿: ある法学徒 | 2005.05.05 21:59

はじめまして、そしてTBありがとうございました。

自分も法学を学んでいる身として、憲法には非常に関心をもっています。そして、学べば学ぶほど奥が深い。
もちろん、今の憲法が抱えている問題・課題というものも多くあると思います。
しかし、現在の改正論議を見てみると、若干の不安を感じてしまいます。なんだか「国」にとって色々とやりやすい改正がなされそうで(杞憂であることを望みますが)。
長々と失礼しました。

投稿: りんご(♂) | 2005.05.08 22:10

はじめまして。

トラックバックありがとうございました。
私も憲法について、別の記事を書いたので、トラックバックさせていただきました。

個人を尊重せずして、家族も国家もないと私は思います。
個人がいてこそ、初めて家族や会社などの団体というものを構成しいき、団体が集まって、国というものを構成しているのではないでしょうか。

元を正せば、最小単位はやはり個人だと私は思います。

> 市民革命以来の近代の人権思想の根幹をなす
> 「国民主権」や「基本的人権の尊重」まで
> 再検討しろというのだから恐れ入るよ。
> 「識者」さんたちのいう
> 「より良き国家」っていったいどんな国家なのかね。

本当ですね。とても同感しました。
国のことばっかり考えてて、もっと大切な一人一人の幸せはどこへやらですね。

「識者」さんたちこそ、憲法の意味をはき違えてるのではないかと思います。

投稿: たっちー | 2005.05.13 19:41

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