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2005.06.23

きのうは(!)独ソ開戦の日

 今年は終戦60年の節目ということもあって、ロシアではさまざまな行事がおこなわれているようだ。もう昨日になってしまい、タイミングを逃したエントリだが、6月22日というのは、第2次世界大戦中の1941年、独ソ戦がはじまった日であった。

 すこしまえに、ウズベキスタンの反政府でもがニュースになっていた。長期にわたって独裁をおこなったカリモフ政権打倒を要求し、市民が「暴徒化した一連の動きである。独裁政権が倒れるならまことに喜ばしいが、旧ソ連諸国の一連の政変には、「民主化」の押し売りをすすめるブッシュ政権とCIAの関与も噂されており、真相については、よくわからない部分もある。
 またウズベキスタンは、世界有数の綿花の産出国でもある。開発は主に旧ソ連時代に行われたが、ゆきすぎた灌漑によってシルダリアの流量が減少し、アラル海が干上がり死滅しつつあることは広く知られている。

 世界史でおなじみのティムール帝国(1370~1507)の建国者ティムール(Timur , 1336~1405 位1369~1405)は、ウズベキスタンはサマルカンドの、グリ・アミール廟に眠っている。廟の中には、中が空っぽの偽物の石棺が置かれており、ティムールの遺体を納めたほんものの棺の所在は長らくわからなかったが、のちに廟の地下に安置されているのが発見された。その墓石には「何人も、この墓を暴く者は、恐ろしき者に打ち負かされるであろう」と記されていた。
 1941年6月22日のこと、ソ連の学術調査団は、なんと乱暴にもハンマーを振り下ろして石のふたを打ちわり、棺を開けた。まったく、無神論者は恐れをしらない。ティムールの遺骨には、足を引きずって歩いていたという伝説のとおり、足の骨には大きな傷のあとが残されていたという。

 そのまさに同日、ドイツ軍がソ連領内へ攻め込みバルバロッサ(赤ひげ)作戦が始まったというのである。それ以来、ティムールの墓は封印され、誰もそれを開く者はいないという。独ソ戦による死者はソ連だけでも2000万人を超える。ティムールの呪いとかたづけるには、両国の人民と将兵にとってあまりに悲惨な戦いだった。

 悲惨な戦いといえば、奇しくも今日23日は沖縄戦の慰霊の日。


※追記
 「無神論者は恐れをしらない」などと書いているが、俺ももちろん自称無神論者である。誤解なきよう・・・

※追記2
 事実誤認があったため訂正した。カリモフ政権は「倒れた」などと書いていた。なにを勘違いしたのか。まことに恥じ入る次第である。申し訳ない。

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日付に敏感な大戦史マニアとしては、こだわっておく。 きょうは、近代戦史上ではもっとも非情だった独ソ戦がはじまった日。 ベラルーシでは住民の4人にひとりが殺された。SSのアインザッツグルッペン(機動殺戮部隊)や警察部隊が、各地でユダヤ住民、ソ連市民を殺戮してまわった。 ソ連軍のドイツ住民に対する報復も凄まじかった。 レニングラード(現サンクト・ペテルスブルグ)のピスカリョフ墓地 900日におよぶドイツ軍の包囲戦のもと、100万人の市民が亡くなったと言われる。個人名はなく、「1943年... [続きを読む]

受信: 2005.07.02 12:50

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