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2005.08.16

終戦記念日に

 この国を悲劇へと導いた愚かな指導者への恩赦がはじまっている。東京裁判を全面否定し、60年前に終わった戦争を「仕方がなかった」あるいは「大義があった」として合理化しようとする立場だ。彼らの亡霊は、あきらかに息を吹き返しつつある。それを必要とする人々の手によって。

 一世紀も前に、フランスの作家ロマン・ロランは、その小説「ジャン・クリストフ」の中で、普仏戦争後のフランスに渦巻いていたドイツへの報復への怨念について次のように書いている。

「あらゆる国民の歴史のあらゆる時代になされたことのある類似の犯罪行為の実例をもち出すことによってドイツのばあいを弁護しようとはクリストフは考えなかった。言いわけをすることがかえって恥であるような、そんな言いわけを見つけ出そうとするにはクリストフの自尊心はあまりにも大きかった。人間性が成長するにつれて人間の犯罪はますます醜悪の観を呈する。なぜなら、それらの犯罪はますます多くの啓蒙的な光に照明されるのだから。-----
 -----このことを、クリストフは知っていた。しかし彼はまた、次のことも知っていた-----もしもフランスのほうが戦勝者だったとしたら、勝利者としてのフランスの処置はドイツがした以上に穏和なものでもあるまいということ、そして、犯罪的行為の因果の連鎖へまた一つ新しい輪がつけ加えられるだろうということを。こんなにして悲劇的な争いが果てしなくつづくことになり、ヨーロッパ文明の持つ最良のものがそのために滅びる危険がある。」
--------ロマン・ロラン「ジャン・クリストフ」片山敏彦・訳--------

 クリストフの時代から一世紀、クリストフの危惧は二度も現実のものとなった。第一次世界大戦とヴェルサイユ体制。イギリス、フランスの過酷な要求はドイツ国民を疲弊させ、ナチスの台頭を許した。二つの世界大戦と、それに伴う無数の犯罪行為は、彼の知るそれをはるかに凌ぐものとなってしまった。21世紀の現在なら「ヨーロッパ文明の持つ最良のものがそのために滅びる危険がある。」という箇所の、「ヨーロッパ」を「アジア」あるいは「世界」に置きかえることも可能だろうか。

 しかしヨーロッパは今、ようやく数世紀にわたる戦争の時代から解放されつつある。少なくとも独仏は、かつての数世紀にわたる憎悪を再びたぎらせるようなことはないかのようにさえ感じられる。
 翻ってこの日本を含む東アジアはアジアはどうであろうか、過去への反省をまともにおこなわないこの国では、「東アジア共同体」の夢を語ることさえ一部の勢力に嘲笑されかねない状況だ。

 そんなことを考えた俺の終戦記念日は、NHKのジョン=レノンの特集番組を見終えたところで短い休暇とともに終わった。明日から再び仕事に戻るので、もう寝なければならないのだが。

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コメント

Rough Toneさん、こんにちは。
トラックバックしていただき、どうもありがとうございます。

いつもRough Toneさんの記事、しっかりと心に刻み付けならが読ませていただいています。
私も日ごろから心の中で渦まいている様々な思いを、しっかり書かなくちゃと思って、何度も書いたり消したり書いたり消したり・・・
でも結局、最終的にたった一言「No War」になってしまいました。

戦争は、人々の心に深い悲しみを残すだけなのですよね・・・

私も自分でやれるだけのことはやってゆこうと思います。
もちろん、選挙にいきますよ~


投稿: snow_drop | 2005.08.16 14:05

TBありがとうございます。
トータルではアジアも融和に向かっている
と信じたいところです。
活発になる民間の交流が、一部勢力の
思惑によって阻止されることがないように
したいものです。
人間同士の交わりしかありません。

投稿: 虎哲 | 2005.08.16 20:03

snow_dropさん

おはようございます。

>>でも結局、最終的にたった一言「No War」になってしまいました。

snow_dropさんの思いは、私たちみんなの思いです。

「戦後ではなくて戦前」やや言い古してしまった感もある言葉ですが、我々は戦後60年のこの今こそ私たちが危機感を持って使うべき言葉かもしれません。

 為政者を批判する者は同じ党派でも「改革」なるものの対極にいるとレッテルを張られ、反対者には知名度にまかせて怪しげな対立候補を擁立する小泉首相にはもはやファッショを感じます。とにかく「小泉自民党」以外の勢力を勝たせなければこの国は本当におかしくなりそうです。

 好戦的な映画がいくつも公開され、歴史修正主義の教科書で教育までもねじまげられようとしている。個人的には最近の世論調査の結果には、彼らの執念深い宣伝や教育が具体的効果をあらわしてきたのだと大変危惧しています。
 ニュース番組などがおこなう電話投票などのアンケートは世論調査ではないとはいえ、これもどうやら意図的に工作されているかもしれません。事実、2ちゃんねるなどではその種の連中によるそういう動きがあったようです。小泉氏は個人的なゲッベルスを大勢抱えているようで。


>虎哲さん

おはようございます

 小泉首相は「未来志向」などといいましたが、過去のあやまちを直視しない者に、友情にあふれた明るい未来はありえないと思います。あのひとは本心でない言葉をいっていることは、表情のないトカゲのような表情がそれを物語っています。

 終戦記念日をはさむこの時期に解散、総選挙を行う小泉首相に個人的には、なんとしても打撃を与えたいですね。

 おなじタイガースファンとして、虎哲さんのエントリにはいつも親しみをもって拝見しています。ここのところの中日戦、巨人戦、そして今日からの横浜戦は息が詰まりそうでしたけど、ほんと面白いですね。中日は敵ながら素晴らしいチームだし、嫌いだった巨人も、若手中心のオーダーになって、なにか清清しい印象でした。負け越しましたが締まった3連戦でした。

 私も初期のエントリでは野球の話題を載せていたのですが、最近はややそういう余裕を失ってきたかもしれません。

投稿: Rough Tone | 2005.08.17 05:07

今年終戦60年を迎え各メディアで戦争の悲惨さを訴えるTV番組が放映されました。
アウシュビッツ、原爆、大空襲etc・・・
しかしながらそのほとんどが日本が受けた被害で、日本が諸外国に行った行為を報道した番組はありませんでした。
今更諸外国の気持ちをさかなでする必要もないとの判断だかなんだか知りませんが、非常に残念です。
ほとんどの日本人は日本は戦争の被害者であり加害者だとは思っていません。
確かに政治家や軍部の命令に従い行った行為であったとしても、それは紛れもない事実です。個人個人の責任は問えないとしても日本国家の責任は問われるべきであり、報道する責任はあると思います。
このことを解決しない限りアジア外交は無理なような気がします。

投稿: 金太郎 | 2005.09.04 09:35

中国人・ロシア人・イラク人・パレスチナ人まで、大陸型民族というのは長年の民族紛争の中を生き抜いてきていますから、体質が強靭で自我が強い人たちです。一言でいうと、紛争慣れしているとでも言ったらいいでしょうか。彼らは自己反省などめったにやりません。相手に反省させるのです。「相手が反省するように持って行くことが外交である」とそういうふうに考えます。受身じゃないでしょう。

日本人の99%は民族紛争など経験したことがありません。管理人さんのように本で読むかテレビを見ているだけでしょう。そして「どこか自分に反省するところはないだろうか」とわざわざ探してまで反省しようとします。反省することはいいことだと信じ込んでいますね。

「素直に謝って反省すれば相手はきっと許してくれて、物事は丸く収まっていく。相手が許してくれないのは謝り方が足りないからだ、反省のしかたが足りないからだ。」こういう島国の民族独特の受身の考え方は、日本の中でおやりになるのはかまわないのですが、紛争慣れした大陸型民族には通用しません。相手は喜んでつけ入って攻撃してきます。

わたしなりの結論-日本の中でキャリアを積んできた政治家の先生方や書斎の中で本を読んできた知識人の先生方は、大陸型民族がどういう相手なのか、本当はあまりご存知ないのではありませんか。

サッカー全日本の監督を務めていたトルシエ氏の言葉で終わりたいと思います。「日本人選手というのは(フランス人選手と違って)他の民族と争うことを経験しないままで成長している。だからどこかに精神的な弱さのようなものを抱え込んでいて、試合が優勢である場合はいいけれど、劣勢になってくるとその弱さが現れてくるようだ。」

投稿: アキレスの踵 | 2005.09.19 21:42

>アキレスの踵さん

 私は、ヨーロッパや中国の人がみなおっしゃるようだとは考えていません。そうでない外国人を何人も知っているからです。また、おっしゃるような考え方をしている人は日本人にも多いと感じますよ。民族気質というものは多少あれども、民族や国民のレベルで「自己反省などめったやらない」「体質が強靭で自我が強い人」などと言い切ってしまうことは、私にはできそうもありません。

 外国に行かないまでも、外国人のメンタリティについて語られるならば、それらの国の文学をお読みになってみてはいかがでしょう。私はこのエントリでロランの小説を引用しましたが、彼はトルシエと同じフランス人で、彼の描いた主人公のクリストフはドイツ人です。あなたのいう「受身の考え」もまた、島国の民族独特とはいえないということが、お読みになっていただければわかっていただけると存じます。

 また、日本人がみな「素直に謝って反省すれば相手はきっと許してくれて、物事は丸く収まっていく。」とは考えるないことは、あなたが日本人ならあなた自身が体現してくださっていますよ。小泉首相ではありませんが、外国人もいろいろ、日本人もいろいろでしょう。

 たしか、アキレスの踵さんは、うにさんのところにも同じ内容のコメントをされていましたね。今回はレスをお返しいたしますが、私はマルチポストはコメントスパムと認識しておりますので、今後は内容にかかわらず削除いたしますのでお気をつけください。

投稿: Rough Tone | 2005.09.20 01:33

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