2006.12.25

ビクターの犬

 おとといの夜、MDを買い込みに近所のTRIALに寄った。そこで発見したのが、VictorブランドのMD10枚パック。韓国製だがSONYやTDKに比べ格安なので買ってきた。
 パッケージを眺めていると、現在のVictorのロゴのまえには、蓄音機のまえで小首をかしげている有名な「ビクターの犬」のマークがついている。そこには小さく英文で"His Master's Voice"と記されている。

「ビクターの犬」のエピソードについては、こちらをご覧ください。
http://www.jvc-victor.co.jp/company/profile/nipper.html

 じつはVictor系CDショップ「HMV」はこの頭文字をとったものだそうだ。

 「ビクターの犬」の置物はうちにもいる。昔のテレビかステレオについてきたものと思うが、何についてきたのかはまったく記憶にない。本体の家電はとうになくなっても、この置物だけはずっと家の飾り棚においてあった。

Hmv_1

 翌日(昨日)の新聞に「松下、ビクターを売却」のニュースが載った。一瞬なにか因縁めいたものを感じたが、VictorのMDが安売りになってたこと自体、この噂がその業界ではとうに知れ渡っていたゆえのことなのだろう。これも世の流れかもしれないが、ちょっと寂しい。
http://www.asahi.com/business/update/1223/004.html
http://slashdot.jp/article.pl?sid=06/12/23/2150208

 それにしてもこのわんこはかわいいね。俺は犬は大好きなんだけど、中学1年の春から大学卒業までをともに過ごした雑種の雌犬「もも」が死んでから、ほかの犬を飼ったことは残念ながら一度もない。

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2005.09.03

ハリケーン、その爪跡

 アメリカ南部を襲ったハリケーン「カトリーナ」。時間がたつにつれ、その爪跡の凄さに言葉を失う。ふたつの州をあわせ、数千人が行方不明だという。ニュースで報じられたニューオーリンズの市長の「状況は絶望的」という言葉が心に突き刺さった。被災地の首長が「絶望的」と口走る災害とは・・・。
 ニューオーリンズでは、そんな状況に被災した市民は疲れきっており、略奪や放火、警察や州兵との小競り合いも起きているらしい。一部の報道では、州兵がイラクへ派遣されており、住民の救助や治安維持が充分行えていないということも、この混乱に拍車をかけているとのことだ。
 それにしても、ダムや堤防が決壊するだけで、先進国と呼ばれる国の大都市に壊滅的な打撃を与えられるということがわかったことは、テロリストに何らかの示唆を与えたかもしれないな。
 いずれにしても、被災者の救助と被災地の復旧が一刻も早くなされることを願う。未曾有の天災とはいえ、アメリカ国内にいる国民の生命と財産をじゅうぶん守ることができないようでは、戦争なんてやってるヒマはないだろう。え、ブッシュ大統領閣下!

 今回のハリケーンは、規模そのものも過去最大級のものだったということも報じられていた。

 俺の住む九州北部は、古くから大型の台風に見舞われてきた土地だから、いわば台風には慣れっこだ。それでも、台風やそれにともなう豪雨の被害の報道で「観測史上最大」とか「史上最悪の被害」とかいう言葉を、最近よく耳にするような気がする。こういう言葉を頻繁に耳にすること自体、「最大」や「最悪」の記録が次々と更新されているという事実を表しているのだろうか。

 アメリカや日本だけでなく、温暖化に伴う異常気象は、世界各地で観測されている。

 アメリカ合衆国はブッシュ政権になってから京都議定書の批准を拒否した。そのため一時は発効も危ぶまれたが、今年EUや日本、ロシアの批准によって議定書は発効した。しかし、いまだに世界最大の温暖化ガス排出国はアメリカ合衆国であり、その量は増加こそすれ決して減ってはいない。
 今回のハリケーンが襲った地域には、メキシコ湾岸の大産油地帯があり、今回の被害で操業不能に陥っていることを考えれば、高騰する原油の国際価格をさらに押し上げられるだろう。そうなれば、経済が順調とはいえない国では、不況下ですら破局的なインフレに見舞われるかもしれない。いわゆるスタグフレーションである。

 今回のハリケーンは、急速に進行する地球温暖化と直接関係があるのかどうか、現在のところわからない。しかし、彼らが「国益」(じつは石油会社の利益)のために京都議定書の批准を拒否したことが、結果的に地球温暖化を加速させ、多くの国々の「国益」を損なう自然災害を誘発しているのだとしたら、このサル顔の大統領とその一味の罪は計り知れない。ブッシュ政権の多くは石油産業の関係者なのだから。

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2005.04.26

あまりに唐突で、不本意な死

 若い頃クルマやバイクの趣味に呆けた。今だってキライではない。サーキット走行など、少々危険なこともやってきたけれども、自分のミスで事故を起こして死ぬ、あるいはリスクを承知でなにかをやって結果死ぬというならば、周囲の人間はともかく、本人はある程度納得して死んでいけるかもしれないなどと考えたこともあった。バイクや自家用車で通学や通勤をせざるを得なかった身としては、そう考えなくてはやっていけなかったのだが、今思えば、周囲のことを何も考えてないきわめて無責任で勝手な考え。若い頃は、自分という人間の死によって失われていくものや壊れていくものについて、認識が甘かった。あるいは、他者への愛情も、愛されているという認識も不足していたのかも。

 昨日のJR福知山線の脱線事故のニュースには戦慄を覚えた。犠牲になった方々の数が次第にふえるのをテレビのニュースが伝えるたびに、たまらない吐き気がおそってくる。阪神大震災や、地下鉄サリン事件、あるいは同時多発テロの犠牲者のニュースを聞いたときもそうだった。
 公共交通機関の事故のニュースは、普段リスクを特に意識しないだけに、やりきれない。愛する人の不慮の死は、周囲の人間にとってどれほどの衝撃か、想像するに余りある。航空機ならともかく、ふだん電車ででかける人の、万一の事故を心配する人がどれだけいるだろうか。
 本人にとってはあまりに不本意な、予想だにしない人生の断絶。あまりの利便性に忘れがちだが、どんな交通機関を使おうとも、高速移動に伴うリスクは確実に存在する。死は意外と日常のすぐ近くに転がっている。

 圧倒的に不本意な死といえば、やはり戦争に巻き込まれて死ぬことかもしれぬ。ベトナムで、パレスチナで、ファルージャで、戦争はどれだけの人びとの人生を、唐突に、不本意な形で断ち切ってきたことだろう。
 戦争のできる国にしたい人びと、俺には「戦争をしたい人々」のようにも見えるのだが、彼らは、自分は戦争で死ぬことはないというふうに考えているのだろうか。あるいは、彼ら自身や、彼らの愛する人びとが命を落としても、戦争なら仕方がないという覚悟でもできているのか。
 俺たちは、ひとりひとりが「運命」という舞台の主演を演じていると思っている。映画やアニメじゃ、ふつう主人公は死なないよな。しかし本当の戦争は映画やアニメじゃない。いざ死ぬときになって、俺たちはこの「日本」という巨大な舞台の脇役だってことをを悟るんだろうか。

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2005.04.06

「薔薇の名前」

nameofrose ジャン=ジャック=アノー監督「薔薇の名前」を昨日(4日深夜)NHK BSで久々に見た。構造小説的な趣のあるウンベルト=エーコの原作小説を、映画は14世紀の修道院を舞台にした興味深いミステリに仕上げている。十数年前の映画とはいえ、未見の方にネタバレになっては困るので、ここで物語の結末は書かないが、この映画は欧州諸国の合作であるだけに、ヨーロッパ中世の雰囲気をよく描けている。
 もちろん何度も見ているはずなんだけど、今回は第264代ローマ法王ヨハネ=パウロ2世が亡くなったばかりなので、いろんなことを考えながら改めてこの映画を見た。

 教会の腐敗、中世の教会の女性観、法王庁とフランチェスコ会の清貧をめぐる議論、フランチェスコ派とドミニコ派の教義の解釈の違いなども散りばめられ興味深い。また、修道会が修行の一環としておこなっていた文献の翻訳や写本も物語の重要な要素として描かれている。特にギリシア哲学の保存者としての修道会の立場と、それらと教会の教義との矛盾がこの物語の重要なカギとなっている。

 キャストでは、かつて異端審問官だったが、ある事件によってその座を追われたフランチェスコ派修道士、バスカヴィルのウィリアムを、ショーン=コネリーが陰影深く演じている。彼は、法王庁の使者との論争をおこなうべく滞在中であった北イタリアのドミニコ派修道院で、数々な奇怪な事件に遭遇する。彼とクリスチャン・スレーター演じる弟子のアドソは、結果的にこれらの事件を推理していくことになる。ウィリアムが当時最新のテクノロジーであったと思われる眼鏡(老眼鏡)をかけ、砂時計やアストロラーベほか当時最新のさまざまなテクノロジーをひそかに携帯しているあたりは、中世にも息づいていた科学的な見地を象徴しているようにも思える。そして明らかになっていくのは、一連の恐ろしい事件は悪魔の仕業などではなく、人間の仕業であるという事実。

 異端審問や異端者の火刑も描かれる。火刑は公開のもとに行われた。ヨハネス=ケプラーの母も魔女として裁かれたことは以前に書いたが、月は真っ赤な焼けた石であるといった天文学者ジョルダーノブルーノも、宗教改革のさきがけであったベーメンのフスも、異端として火刑に処せられた。
中世の異端審問や魔女裁判では、結論ははじめから出ていた。ゆえにあらゆる証拠が当事者にとって不利にはたらくよう誘導される。そして異端を擁護したものもまた異端とみなされるのだ。個人的には、昨今のリベラルなブログに対する陰湿な攻撃はこれを思わせるものがあると思うよ。

johannes_paulusii ヨハネ=パウロ2世が、進化論を認め、中世の異端審問のあやまりやガリレオ=ガリレイへの宗教裁判に対する謝罪をおこなったのは画期的であったとあらためて思う。カトリック数百年の歴史を背負っていた法王がここまで認めたことは評価すべきだろうね。一方で妊娠中絶や避妊、女性の聖職叙任などについての法王の立場を保守的と批判する向きもあるけど、これは教会にとって未来の課題なんだろう。
 「戦争は人間の仕業です。戦争は人間の生命の破壊です。」広島で平和のメッセージを発信した法王の姿は、無神論者である俺にとっても忘れ得ない。戦争もまた悪魔の仕業ではなく、人間の仕業である。

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2005.01.15

土星射病に気をつけろ

 センター試験がはじまった。個人的にはこれで忙しさがいくらか緩和される。わが受験生諸君は例年以上に苦労しそうだけど、健闘を祈るよ。

 NHKによれば安倍、中川両氏によるNHKへの政治的圧力はなかったんだそうな。昨年の小泉訪朝をめぐる官邸による日テレ恫喝にも現れていたように、保守政治家による報道機関への圧力は今に始まったことではない。しかし昨日の朝のニュースで、担当ディレクターの証言にもかかわらず、政治的圧力の事実はないとしたNHKのコメントを聞いたときは、NHKを見限ろうかと思ったぞ。
 海老沢問題にはさほど関心がなかったことと、昨年は大河ドラマをよく見ていたこともあり、話題になっていたようなNHKの受信料の不払いなんてするつもりはなかった。NHKの不甲斐ないニュースにはもはやなにも期待していないが、いくつかの優れたドキュメンタリーに塗りこまれた批判精神はNHKの最後の良識だと思っていた。しかしそれももう危ないね。俺が受信料不払いとなる日も近いかもしれん。

 クリスティアヌス・ホイヘンスの名を冠したプローブが、タイタンに着陸し、画像を送ってきた。タイタンは大気もあるし、液体メタンの海もあるらしい。わくわくするね。
 タイタンといえば、松本零士原作のアニメ映画「銀河鉄道999」の中で、タイタンを訪れた主人公星野鉄郎に、戦士の銃を与えた老婆(じつはトチローの母)が「土星射病に気をつけなさい」といっていたのがなんだか思い出される。

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2004.11.01

吐き気がする週末

 職場の連中と週末にやっているバドミントンへの行き帰りは、気分を変えるためにいつもの通勤ルートではなくて、少しだけ遠回りをする。帰りに遠賀川沿いにある直方市植木の公園。そこは、トイレ休憩したり、たまに昼寝をしたり、ひとと一緒だと一緒に弁当を食べたりもするお気に入りの場所である。そこがじつは今回の人質事件で犠牲になった香田さんの実家のすぐそばなのだ。
 事件発生以来、香田さんの実家には報道陣が大挙して訪れたという。この週末はさすがに公園にすら足が向かなくて、香田さんの無事を祈りつつ、まっすぐいつもの道を走って帰宅した。

 事件発生以来、香田さんの家族に対する誹謗中傷の電話が相次いだという。息子を襲った悲劇に加え、いわれなき非難にまでさらされて、どれほど心労があったことだろう。家族は事件発生まで、息子がイラクに言っていることなど知る由もなかったというのに。
 そのような連中の性根は腐り切っていると思う。しかし計り知れぬ心労や、いわれなき中傷から家族を守ろうと奮闘される直方市職員の方々の姿勢は、それらとは好対照だった。

 24歳の若者は、その命をなぜあのような形で終えなくてはならなかったのだろうか。今回のイラク入りについて、軽率だという批判はあるとしても、ひとりの日本国民の命が失われたことは厳粛に受け止めるべきではないか。
 それが自分探しの旅だったとしても、ひとから笑われるようなことでは断じてない。そのことを揶揄する連中もいるようだが、それと事件の結末は関係づけるべきではない。

香田さんのご冥福を心よりお祈りする。

 小泉首相は、事件の一報を聞くやいなや「人質救出に全力を挙げる」「テロには屈しない、自衛隊は撤退しない」とうそぶいた。しかし結果たったひとりの日本国民を救うことさえできなかった。自衛隊の派遣によって危険にさらされているのは、はたしてイラクにいる邦人だけなのか。国内でスペインのような大規模テロが起こってもそう言っているつもりなのか。自衛隊を含む多くの国民の命をかけて、誰に忠誠を尽くしているのやら。
 個人的には、「テロには屈しない」とうそぶく首相よりも、スペインのテロののち、政権を握り部隊を撤退させたスペインのサパテロ首相や、人質の命を救うためにフィリピン軍を完全撤退させたフィリピンのアロヨ大統領のほうに、よっぽど国民の生命と財産を守る姿勢が見える。彼らはテロに屈したのではなく、自国民を無駄に死なせなかっただけだと思うのだが。

 また、イラクに自衛隊が派遣されたのは、現地イラクのサマーワが「非戦闘地域」ということが前提だったはずだ。入国すると外国人が民間人ですらただちに命の危険にさらされるというイラクという国そのものに、はたして戦地じゃないところなんてあるのだろうか。政府の言う非戦闘地域っていったいなんなんだろう。サマーワだけ特別なのか。自衛隊の頭の上をロケット弾が飛んでいって、宿営地内に着弾しても、「サマーワは非戦闘地域」なんだろうか。そもそも小泉首相が敬愛し、再選を期待するブッシュですらアフガンやイラクでの戦争は「テロとの戦争」だと言っている。だとしたらイラクはまさに交戦国だ。

 テロは圧倒的な力に対する弱者の側の破滅的な暴力。正面からまともに戦ぬゆえ無差別の凶行に走る。しかし結果テロはより多くの弾圧を生み、悲劇はさらに増える。テロリストの論理ははじめから破綻している。圧倒的な力による反撃を招き、おなじムスリム同胞を無差別に傷つける結果になるからだ。テロリストにまったく正義はない。
 しかしそれを攻撃する側の「正義」というものも思いっきり疑わしい。イラク戦争以前には、イラクには独裁者はいても、ザルカウィのような国際テロリストはいなかった。アメリカとその同盟国が連中を招き寄せたのだ。正邪はともかく、テロを行う論理は彼らの中にあり、人道支援だかなんだか知らないが、テロリストが自衛隊の存在を今回の凶行の根拠にしたことは紛れもない事実だ。テロは実行させることを阻止できるなら、それが一番いい。テロが起こってしまってから反撃してもじつは何の問題の解決にもならない。

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2004.10.25

エネルギー切れ

 今週から週末の休みが減ってしまった。まあ毎年のことなんだけど、今年は日曜日でなく土曜日に講習会が入ってきたことが去年までと違うところ。
 職場での急な予定変更のあおり? 先週は途中でエネルギーが切れ、週末から風邪をひき込んだみたいだ。喉が痛いなあと思っていたら今日は熱があるようだし体も痛いよ。

 今日はメインPCのウィルス対策ソフトの有効期限が切れたので、更新しようとパソコンショップに行ってきた。今までノートンアンチウィルスを使ってきたけれど、年々重くなるような気がする。まあPCのスペックが現在の最新のレベルじゃないのが原因なんだろうけど、これじゃ仕事から帰って眠いときに起動すると、使えるようになるまでたっぷり数分かかってしまうんで、待ってる間に眠っちまいそうだ。今年はもうこれでいくけど、もっと軽いのってないのかな。


 今年は災害の多い年だが、新潟県中越地震の被害は本当にひどいようだ。被災者の方に心よりお見舞いを申し上げる。できる範囲でなにかできることをやりたいと思う。

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2004.10.23

行け行け RED SOX

 松井は嫌いじゃないけど、ヤンキースは名前からして嫌い。

 メジャーより日本の野球のほうがもちろん好きなんだけど、ヤンキース嫌いの反動からか、ボストンレッドソックスはなぜだか好き。アンチ巨人の阪神タイガースファンとして当然のようにシンパシーを感じるよ。八十数年ぶりにイチローがシスラーのもっていたメジャー年間安打記録を破り、ベーブルース以来のホームラン一辺倒のメジャー野球に新風を吹き込んだ今年は、ベーブルースにからむもうひとつの八十数年ごしの記録も破られるといいと思う。「バンビーノの呪い」なんてくそくらえだ。

 ボストン市民の一部は優勝の喜びが爆発して暴走し、警官隊と衝突して死者まで出たというニュースがあったけど、道頓堀の阪神ファン、あるいは福博出会い橋のダイエーファンとて似たようなものだ。あんなことやってりゃいつか死ぬ。おれはそんなことしないつもりだけど、去年の日本シリーズ、敵地福岡ドームにもかかわらず、俺はタイガースの旗を体に巻きつけて叫んでたから、人のことは言えないかもしれないな。

 パ・リーグのプレーオフといい、日本シリーズといい、メジャーのプレーオフといい、野球がめちゃくちゃ面白く感じる今日この頃。これも古田選手会長のおかげ? 今、俺は野球ファンでよかったと本当に思うよ。もうじき日米野球があるけど、福岡でも一試合あるみたいだ。仕事がなけりゃ行きたいんだけどな。

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2004.09.08

ベスランの悲劇

 もう2週間経つというのに、捻挫した手首の痛みがなかなかとれない。ずっとこのままかと弱気になってしまうなあ。


☆天災よりも恐ろしいもの

 俺の住む街にも台風が直撃した。夜明け前からの風雨の音にこれほど緊張したのはいったい何年ぶりだろう。今日は職場に出て行くこともできず、自宅待機。結局、仕事はキャンセルとなった。
 火山の噴火、地震、台風と、自然の力を思い知らされるニュースが続いたわけだが、そのどれよりも恐ろしいのは、人間による暴力。岡山の小学生殺害事件、北オセチアの悲劇。パレスチナやイラクでの暴力。個人的な殺人であれ、テロあるいは正義の戦争であれ、暴力は先に行使したら、あるいは先に行使させたらおしまいだ。憎しみはどこかで断ち切らなければならないはずのだが、今の俺には愛する人を暴力によって失った人々にそれを諭す自信はない。無力感に苛まれる。何ができるだろう。せめて今は、やられたらどうすべきかより、どうすればその連鎖を断ち切れるのかということを考えてみたい。

 FAIRNESSさん「戦争へ導く主役」というエントリの、戦争へ導く主役は、おそらく俺たち人間ひとりひとりの中にいるという結論に刺激され、ちょっと思い出したことがあった。


☆戦争は大規模な殺人である

 あちこちでよく聞かれるような通俗的な意味ではない。まだ冷戦たけなわの1980年代初頭、カール・セーガン(1934~1996)は、著書「COSMOS」のなかで、イギリスの気象学者で、物理学者でもあるL.F.リチャードソン(1881~1953)の「死者ひとりの争い(個人的な殺人)と全人類を死滅させるような最大規模の戦争(たとえば全面核戦争)とは、連続した出来事の両端である」という説を紹介している。

 人間社会では、殺人は日常的に起こっているが、大規模な殺し合いはたまにしか起こらない。争いの規模と発生確率は反比例する。これは気象学者らしい統計学的な考察のはてにリチャードソンがたどりついた結論だ。そしてセーガンもまた、この立場を支持した。

「私たちの暮らしがおびやかされたり、自分自身に対する幻想が侵されたりすると、私たちは、いや、少なくとも私たちの一部は、相手を殺してやりたいほどの怒りを感じる。
 同じような挑発が国家に対して加えられたときにも、人びとは、ときどき、相手を殺したいほどの怒りを感じる。その怒りは、しばしば、個人的な権力や利益を求めようとする人たちによってあおり立てられる。
 しかし、殺人の技術が進歩し、戦争の被害が大きくなってきたので、大きな戦争を起こすためには、きわめて多くの人たちに同時に、相手を殺したいほどの怒りを感じさせなければならない。マスコミの機関は、しばしば国家の手に握られているので、このような怒りも、容易にかもし出すことができる。」
 --- カール・セーガン「COSMOS」木村繁 訳 ---

 人が誰かを殺したいほど憎むとき、すでに戦争はどこかで静かに始まろうとしているのだろうか。
ベスランで亡くなったすべての人々の冥福を祈る。


SETI@homeをめぐるちょっとしたさわぎ

スラッシュドットジャパンによると、SETI@homeが地球外生命からの信号の可能性がある信号をキャッチしたというニュースがあちこちで流れた。さすがにちょっと信じられなかったが、映画「コンタクト」を思わせるロマンを感じたのは俺だけじゃなかったみたいね。でもどうやら可能性は限りなく低いみたい。でもこれでSETI@HOMEの活動に参加する人が増えればそれはそれでいいのかもしれないね。
 最近、俺もかかわっているクルマのファンサイトのBBSで、なぜかチームを組んでSETI@HOMEへ突入しようということになった。俺もPC環境がととのえばやってみたいと思っているんだけど、電気代がちと心配。

 そもそも地球外知的生命(ETI)なんて、その存在を無闇に信じるとあの映画に出てくるUFO信者みたいに一種の宗教になっちゃうから、科学の子らしく気長に待ちましょうよ。生きているうちにその日が来るといいねってスタンスで。
 でもいったいどんな生命体が存在しうるかの想像を巡らすくらい許されるよね。

 「宇宙の組織と構造が自分たちの願いや好みと大きく食い違っていたとしても、その真実をきわめようという勇気を持った人たちは、宇宙のもっとも深いなぞを解き明かすだろう。」
----カール・セーガン「COSMOS」木村繁訳----

 カール・セーガンは、科学者が世界や宇宙に対峙するのと同様のスタンスで、人間社会をも見つめようとした科学者だった。

「どの国も、どの宗教も、どの経済体制も、どの知識も、私たちが生き残るのに必要な答えのすべてを持ってはいない。いまある社会体制よりも、はるかによく機能する体制が、数多くあるに違いない。科学的な伝統の中でそれを探すのは、私たちの義務である。」
----カール・セーガン「COSMOS」木村繁訳----

 科学的考察の果てにある俺たち人類の未来社会? 知識と想像力に乏しい今の俺には想像もつかないなあ。
 せとともこさん最近のエントリで引用されていた言葉を思い出す。
「真実は、それが常にそうであうように、はるかに異様なものにちがいない」
----A.C.クラーク----

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選手会のストライキ

 無闇に年俸をあげてくれといってるわけじゃなし、このストライキもプロ野球界の新たな時代のためにはあってもいいだろうと思うよ。古田選手をはじめとする選手会の立場は理解できる。というより、いち野球ファンとしても他に方法がないようにさえ思える。たとえ、その先になにがあるのか俺のような凡人には見通せなかったとしてもだ。
 長らく国民的スポーツの頂点に位置してきたプロ野球は、リーグや球団の運営陣がその人気にあぐらをかいてきたことは否めない。おそらくプロ野球界の構造的な問題なのだろう。サッカーのJリーグに比べても、このプロスポーツはさまざまな意味で硬直しているように思える。もっとも、プロスポーツとは所詮このような性格のものなのかもしれないが。

 そういえば、小泉首相が、選手会のストライキのことを訊かれて、「これじゃますますメジャーリーグのほうが面白くなる。イチローは5打席5安打だ」なんてコメントしていたのをテレビで見た。この国の宰相のコメントとしては非常に情けない思いがした。もっとも、アメリカのポチである小泉首相にはそのほうが好都合なのかもしれない。

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