2006.12.18

アラビアのロレンス

 アジア大会も終わった。カタールのドーハで開かれたアジア大会の開会式を見ていて、やけにこの映画を見たくなった。この週末、安倍復古政権によって教育基本法が改悪されてしまった最悪の週末をなんとか乗り切るために、この古い映画を見てみようと思い立って、DVDを買ってきた。

 アラブの砂漠に身を投じたT.E.ロレンスを描いた伝記映画。舞台は第一次世界大戦当時の帝国主義列強の思惑が渦巻くアラビア。当時のアラビアはオスマン帝国の占領下だったが、イギリスはトルコからの独立を望むアラブ人を味方につけ、トルコ領の帝国主義的分割に利用にしようとしていた。映画の中にも、イラク、パレスチナ、ヨルダンをイギリスが、レバノンを含むシリアをフランスが分割した悪名高きサイクス=ピコ協定の名が登場する。一方でイギリスはアラブ人とフサイン=マクマホン協定を結び独立の支持を約束、ユダヤ人とはバルフォア宣言を結びシオニスムに支持を与える。現代の中東問題の悪しき根源ともなった有名な「イギリスの三枚舌」の一端である。
 歴史的事実は置いておいても、ピーター・オトゥールが陰影深く演じたロレンスと、アラブ系俳優オマー・シャリフ演じるアラブのハリド族の長アリの描写がまた素晴らしい。反抗的で時間にルーズだが芸術と文学を愛した軍人だったというロレンス。粗暴なアラブの男という印象だったが、ローレンスに接して政治を学ぶようになったアリ。男と男の対立とその後の友情が美しい。
 映画は、ロレンスの理想と戦い、そして苦悩が描かれる。この物語はおよそ90年も前の話だが、現代の中東はさらに混迷を深めており、そして現実にはロレンスのような人間はいない。ロレンスも、おそらく映画とは異なる実像をもった人物だったのかもしれない。しかし、俺はこの映画を敬愛してやまない。

 この映画はアラブ、しかも戦争がテーマとあってか、女性がまったくといっていいほど登場しない。当時のハリウッド映画としては、戦争映画とはいえ、ロマンスシーンがないのは珍しいのではないのだろうか。2枚組のDVDは、40年以上の歳月を越えて美しい映像を見せてくれる。特典映像のメイキングも充実している。

 かつてテレビではじめて見たとき、冒頭でオートバイを整備するシーンにやられた(その後事故死するさまと、彼の葬儀のシーンを描いてこの物語ははじまる)。自分自身大学生のときは、朝早く起きてオートバイを整備し、郊外に走りに出かけるのが大好きだったからだ。

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2006.06.20

「四日間の奇蹟」 ~角島へ~

 月曜日に山口県下関市(旧豊北町)の角島に行ってきた。どうせ行くならなら女性の友人でも誘えば楽しかろうが、今回はそういう根回しはなんにもできなかった。そもそも、平日の休日にめずらしく早起きしてしまい、ヒマだから角島にでも出かけようと、まったく唐突に思いついたのだから致し方ない。ひとり気楽に出かけるしかなかった。ゴンチチの"Strings with Gontiti"とボサ・ノヴァのオムニバス。2枚のMDを聴きながら、よく晴れた海辺のR191を流した。窓から差し込む日差しは、時折肌に痛みさえ感じるほどだったけれど、それもなんだか心地よかった。

Bridge

レクサスGS450hのCMでもおなじみの角島大橋
(映像の終わりごろに登場)。

Bridge2

 美しい曲線を描く橋をわたり角島にはいる。エメラルドグリーンの海はまるで南海の楽園を思わせ、ここが山口県であることを忘れてしまいそうだ。

Sea

 じつはこれまでにも2回ここへ来ている。はじめて角島を訪れたのは3年ほど前で、2度目はつい先月だ。クルマ好きな友人たちとつるんでのツーリングで、海の幸を食しようと久しぶりにこの島を訪れたのだが、そのとき行った仲間に、この島でロケが行われた「四日間の奇蹟」という映画について聞かされ、島に残る教会のセットなどを見てまわった。
 角島から帰るなり、DVDを借りてきてこの映画を見てみた。唐突にもういちど角島に行ってみたくなった原因はこれ。

Toudai

Cotage

Chapel

 映画に登場した福祉施設の宿舎は、じつは島のキャンプ場のコテージ群で、教会のセットは、キャンプ場利用者用のトイレに改装されていた。このセットは映画の撮影終了後も3年間保存されることになっているらしい。映画が公開されてからおよそ1年たっているが、島の観光客向けのおみやげを売るお店には、今もなお映画の宣伝ポスターが張ってあるところがいくつもある。期間限定ではあるものの、いわば新しい観光名所ともなっている。この日は月曜日だったので、訪れる観光客も少なく、角島大橋もロケ地周辺も灯台公園もなんだか閑散とした印象だった。映画は冬の角島でロケされたが、今は初夏。映画に描かれなかった角島の四季もまた見てみたいものだと思った。午後5時くらいまでのんびり過ごしたが、まもなく夏至を迎えるころで、日は長く、海に沈む夕日を見られなかったのは少々心残りだったが。

 俺は日本の映画はあまり見ないほうなのだが、佐々部監督の映画はひと月ほど前にNHK BS2で放送された「チルソクの夏」を見たばかりだったので、ちょっと興味を引かれていた。「チルソクの夏」は1970年代を背景に、韓国人男子高校生と日本の女子高校生の恋愛を扱った映画で、こちらも下関が舞台だった。かつて韓国は近くても遠い国だったが、当時から下関はどこよりも韓国に近かったのだ。劇中にも、下関を出航する関釜フェリー登場していた。聞けば佐々部監督は下関の出身だという。

 じつは「四日間の奇蹟」について、ベストセラーになったという原作も含め、俺はまったく知らなかった。DVDに特典映像として収録されていた映画の予告のテレビスポットで見た、主人公が手を血まみれにして叫んでいる映像や、平原綾香の歌う主題歌には微かに覚えがあったけれども。
 全編を通じて、ショパンやベートーヴェン、ドビュッシーのピアノ曲をはじめ、心を揺さぶる美しい音楽が流れる。そして主人公を演じた吉岡秀隆をはじめ、ヒロイン役の石田ゆり子も、西田敏行や 中越典子も、愛すべき魅力ある人物を好演している。この映画に出てくるのは本当に心優しい人ばかりで、そこらへんが俺のようなヒネクレ者には何となく納得のいかないところであるし、超常現象が出てくる映画はそもそも好きではない。 にもかかわらず、この映画のことが印象に残るのは、ヒロイン石田ゆり子の美しさと、もうひとりのヒロインの少女を演じている尾高杏奈の演技があまりに素晴らしかったからに他ならない。俺は奇蹟を信じることはないけれど、奇蹟を信じたい人の気持ちは理解しようと思う。人が心から癒されるためには、せめて虚構の世界の奇蹟を必要とするのだろうか。先月初めて見たときにはなんとも思わなかった教会のセットも、映画を見てから再び目にすると、やはり何かしら感慨を覚える。

 俺が無神論者だいうことは、このブログで何度か書いてきたことである。俺が6歳のとき父は白血病で死んだ。神や仏の違いもわからぬままに、父の病気が治ることを祈ったものだった。そんな幼い願いなど、神には結局届かなかったし、父は決して生き返ることはなかった。以来、俺はいかなる神も信じたことはない。
 父の臨終のときのことを、今でもたまに思い出すことがある。父の病室に親類があつまり、末期が近いときに、俺と幼い弟はなぜか病室から連れ出され、アイスクリームを与えられた。俺は父がもうすぐいなくなるということを本能的に感じ取っていた。そして、俺がアイスクリームを食べているまさにそのとき、父は逝った。

 思春期になると、俺は身の回りにあるちょっとした神秘主義にも噛み付き、攻撃し、悪態をついた。正直に告白すれば、天罰を下せるものなら下してみろと、誰もいない神社の境内でわざわざ立ち小便をしたこともある。
 そして神だけでなく、神や仏を信じる人々も許せなかった。星占いなんぞにうつつを抜かすクラスの女の子たちをさんざん馬鹿にしたし、幽霊を信じる友人を罵倒した。法事に来る坊さんの説法がはじめるとさっさと退室した。当時の俺はまったくもって嫌な奴である。

 今はさすがに歳をとったのか、人間も丸くなり、信仰を持つ人のことを少しは理解しようと考えているが、俺にとっての神は未だこの世界のどこにもいない。

 余談だが、母によると、俳優の平田満は父に似ているんだそうな。この映画にも出演しており、脳科学研究所の所長の役をやっている。俺の記憶の中にある父の面影は、別に平田満とダブったりはしないのだが、そう言われてみると、実家にある父の遺影もなんとなく平田満と似ているような気がしてくる。母はどのような気持ちで映画やテレビに登場する平田満を見ているのだろうか。

Car

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2005.06.13

2001:A Space Odyssey

 スタンリー・クーブリックの映画「2001年宇宙の旅」"2001:A Space Odyssey"が好きだということは以前に書いた

 俺にとっての「2001年」というものは、現在の若い人たちにとっては、カルトなファンのいるアニメ作品のようなものといったところだろうか。この映画に関しては、われながら一種のオタクあって、誉められたものではない。

 海外のSF小説を読むのが好きだった中学時代、なぜかクラークには特に惹かれるものがあった。クラークの描く未来のヴィジョンの鮮明さというか、ディティールへのこだわりが好きだったのだ。
 巷ではすでに俺がまだ小学校高学年の頃、「スターウォーズ」の登場で特撮技術に一種のブレイクスルーが起こって、SF映画ブームとよばれるものがはじまっていた。「スターウォーズ」も物語そのものは楽しめたが、一種の冒険活劇といった感じで、自分のなかで「SF」には分類していなかったように思う。一方で、あのクラークが原案を書いたという映画「2001年宇宙の旅」は、名作だと噂には聞いていたが、実際にはいまだ見たことのなかったため、興味は募る一方だった。

 1981年、テレビ朝日系の「日曜洋画劇場」で念願の「2001年」がはじめて放送されたのだが、当時、家にはまだビデオデッキもなかった。結局、まだ高かったVHSテープを買いこんで、近所の親戚に録画を頼んだのだった。繰り返し見たおかげで、故・淀川長治さんが解説で「若い人は大喜びでしょう」と言っていたのも鮮明に覚えている。実際俺は大喜びだった。HAL9000はもちろん、ボウマン船長やフロイド博士などの当時の吹き替えにもおおむね満足だった。
 余談だが、このときフロイド博士役のウィリアム・シルヴェスターの吹き替えを担当されたのは、ウルトラマンや仮面ライダーなどに出演されていた故・小林昭二さんであった。

 さて、時は過ぎ、ネット時代。この映画についてのサイトは早くから海外には多かったのだが、やはり日本人のファンの意見を聞いてみたいと思っていた。そんななかで知ったのが、BANYUUさんの運営されている「21世紀の歩き方大研究」(当時は「2001年の迎え方大研究」)という有名なページ。俺も実際の来るべき新世紀を前に、このサイトに魅了されじっくりと拝読した。

 ここには、「『2001年宇宙の旅』フォーラム全記録」という記事もあり、1992年1月12日、東京・六本木で行われたシンポジウムのおよその内容を知ることができる。1992年1月12日というのは、じつは劇中でのHAL9000型コンピュータの起動された日。いわば誕生日を記念しているらしい。

 HAL9000といえば、このサイトには「HAL9000のスクリーンセーバ」がある。Windows版と旧MacOS版があるが、画面に表示されるのは、映画の中で出てくるあの表示画面だ。Flashアニメーションのものは出来もよく、ディスカバリー号のコンソールの雰囲気をうまく再現している。LinuxやMacOSXユーザーは、Flashのファイルそのものもダウンロードできるので、自分でスクリーンセーバユニットを作ることもできるのではないだろうか。
 このスクリーンセーバ、デフォルトではHAL9000があの声でときどき「喋る」。オフィスなどでこのスクリーンセーバを設定していると同僚を驚かせること必至なので、音声をオフに設定しておくことをおすすめする。

 蛇足だが、この映画が製作された1968年には、フラットなカラーディスプレイなどあるわけもなく、撮影時にはリアプロジェクターによって苦心してひとつひとつの画面を表示していたとのことだ。1984年に製作された続編の「2010年」"2010"では、コンソール画面に本物のブラウン管のディスプレイを使っているのだが、今見るとなんだかとっても古臭い。いや、前作を知る者が見れば1984年当時でも古臭く見えたはずだ。ローテクが生んだ苦肉の策がむしろ未来のインタフェイスを予言しているというのは皮肉だ。

 いまでも書架に置いてあるのが、"Making of Kubrick's 2001"という本。こちらは、ジェローム・エイジェル編の「2001年」の撮影秘話から、公開後の反響、作品に対するさまざまな解釈、社会的な影響まで網羅した有名な著作である。俺も中学のときこの原書を入手し、辞書を片手に悪戦苦闘しながら読み進めたが、それでも大変面白かったのを覚えている。このペイパーバックの中ほどには、有名な「無重力トイレ」の注意書きが全文掲載されていた。このページのコピーをとって、自宅のトイレや高校の男子トイレの前に貼っておいたが、このジョークをわかってくれるひとは、我が家にもわが高校にも皆無だった。
 それにしても、この映画の公開から、当時ですら十数年経っていたのに、洋書を扱っている書店で、数冊も入荷しており、簡単に入手できたのは、いまから考えてもなにやら不思議な感じがする。

 こちらのサイトでは、山川コタチさんという方が、日本では未刊行におわったこの本の全訳をおこなっている。わかりやすい訳で改めて読んでみると、やはり興味深い発見がある。まあ、当時中学生だった俺に英語力が決定的に不足していたことは間違いないが、今だってさして変わりはしないのが大問題である。

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2005.06.06

永遠の一瞬

 日曜夜、NHK総合テレビで、NHKスペシャル「一瞬の戦後史 ~スチール写真が記録した世界の60年~」を見た。有名なロバート=キャパや、昨年死去したアンリ=カルティエ=ブレッソンらが結成した写真家集団マグナム。ここに属していたカメラマンの捉えた報道写真を中心に、戦後60年の激動の世界を描いていこうというドキュメンタリー。

 キャパの撮った解放直後の戦後のフランス。パリ解放のとき、髪を丸刈りにされ、群衆にさらされている女性の写真がある。彼女はドイツ兵との間に生まれた赤子を抱いているのだ。彼女は言いようがないほど悲しい顔をしているが、対照的に周囲の群衆はみな彼女を嘲笑している。大衆というか、群衆というものの残酷さを感じるよ。

 スタインベックとともにソビエトを訪れたキャパの一連の写真も紹介された。当時のソビエトの農村で微笑む女性や子供の写真。彼は、世界のどこにでもいるような、屈託なく笑う気のいい中年女性を撮ることで、鉄のカーテンの奥深くで、謎に満ちていた当時のソビエトの人々の姿を伝えようとした。しかしその後、キャパはスタインベックともども合衆国政府からコミュニストというレッテルを貼られることになる。

 マルク・リブーの撮った、アメリカ、ペンタゴン前でのベトナム反戦デモに、銃剣を突きつける軍隊にたいして一輪の花をささげる少女。写真の彼女はその後、ヒッピー生活をおくり、アルコールやドラッグに浸りきった生活をしていたという。しかし、彼女には娘が誕生し、その成長とともに彼女自身も次第に立ちなおった。2003年のイラク戦争の折には、「娘の将来のために」再び反戦デモに参加したという。

 ほかには、イラン革命で民衆に撲殺されたパフレヴィ前国王支持の女性の写真や、ボスニアで民兵がムスリムの中年夫婦を射殺する場面を捉えた写真など。惨い写真だが、それは20世紀を埋め尽くしている無数の悲劇のほんの一瞬を切り取っているにすぎない。

「真実を伝えるためには、被写体にもっと近づかなければならない」というのは、番組の冒頭でも紹介されたキャパの言葉だ。彼の残した写真そのものが、彼の信条を物語っている。戦場で命を落とした彼は、やはり真実に近づきすぎたのだろうか。
 被写体から遠ざかるほど、マクロな視点で全景を見ることができるかもしれない。しかし、カメラマンもまた一人の人間であり、神の視点を持っているわけではない。
 すでに我々は、湾岸戦争の映像によって、空から見た戦争が、ひどくゲームじみて見えることを知っている。さらに高空から見れば、無数の戦争が起こっていることさえまったくわからない美しく青い惑星が見えてくることだろう。しかし俺たち人間は血と肉でできた破れやすい袋。それがその惑星の薄っぺらい地表に這いつくばって、なんとか生きている。

 奇しくも同日、衛星第2放送で放送された「迷宮美術館」のなかで、ピカソの「ゲルニカ」の製作過程が紹介され、こちらも興味深く見たけれど、「画家は目だけをもっているのではない」というピカソの言葉は特に印象に残った。報道カメラマンとて、現実をフレームの中に切り取るのはあくまでカメラマンの心眼。

 そういえば「ゲルニカ」も、キャパを一躍勇名にした「崩れ落ちる兵士」も、同じスペイン内戦を扱ったものだったね。

「一瞬の戦後史 ~スチール写真が記録した世界の60年~」は、火曜の深夜、正確には6月8日水曜日の午前0時15分から再放送される。深夜だが、できるかぎり多くの人に見てほしいと思う。

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2005.04.06

「薔薇の名前」

nameofrose ジャン=ジャック=アノー監督「薔薇の名前」を昨日(4日深夜)NHK BSで久々に見た。構造小説的な趣のあるウンベルト=エーコの原作小説を、映画は14世紀の修道院を舞台にした興味深いミステリに仕上げている。十数年前の映画とはいえ、未見の方にネタバレになっては困るので、ここで物語の結末は書かないが、この映画は欧州諸国の合作であるだけに、ヨーロッパ中世の雰囲気をよく描けている。
 もちろん何度も見ているはずなんだけど、今回は第264代ローマ法王ヨハネ=パウロ2世が亡くなったばかりなので、いろんなことを考えながら改めてこの映画を見た。

 教会の腐敗、中世の教会の女性観、法王庁とフランチェスコ会の清貧をめぐる議論、フランチェスコ派とドミニコ派の教義の解釈の違いなども散りばめられ興味深い。また、修道会が修行の一環としておこなっていた文献の翻訳や写本も物語の重要な要素として描かれている。特にギリシア哲学の保存者としての修道会の立場と、それらと教会の教義との矛盾がこの物語の重要なカギとなっている。

 キャストでは、かつて異端審問官だったが、ある事件によってその座を追われたフランチェスコ派修道士、バスカヴィルのウィリアムを、ショーン=コネリーが陰影深く演じている。彼は、法王庁の使者との論争をおこなうべく滞在中であった北イタリアのドミニコ派修道院で、数々な奇怪な事件に遭遇する。彼とクリスチャン・スレーター演じる弟子のアドソは、結果的にこれらの事件を推理していくことになる。ウィリアムが当時最新のテクノロジーであったと思われる眼鏡(老眼鏡)をかけ、砂時計やアストロラーベほか当時最新のさまざまなテクノロジーをひそかに携帯しているあたりは、中世にも息づいていた科学的な見地を象徴しているようにも思える。そして明らかになっていくのは、一連の恐ろしい事件は悪魔の仕業などではなく、人間の仕業であるという事実。

 異端審問や異端者の火刑も描かれる。火刑は公開のもとに行われた。ヨハネス=ケプラーの母も魔女として裁かれたことは以前に書いたが、月は真っ赤な焼けた石であるといった天文学者ジョルダーノブルーノも、宗教改革のさきがけであったベーメンのフスも、異端として火刑に処せられた。
中世の異端審問や魔女裁判では、結論ははじめから出ていた。ゆえにあらゆる証拠が当事者にとって不利にはたらくよう誘導される。そして異端を擁護したものもまた異端とみなされるのだ。個人的には、昨今のリベラルなブログに対する陰湿な攻撃はこれを思わせるものがあると思うよ。

johannes_paulusii ヨハネ=パウロ2世が、進化論を認め、中世の異端審問のあやまりやガリレオ=ガリレイへの宗教裁判に対する謝罪をおこなったのは画期的であったとあらためて思う。カトリック数百年の歴史を背負っていた法王がここまで認めたことは評価すべきだろうね。一方で妊娠中絶や避妊、女性の聖職叙任などについての法王の立場を保守的と批判する向きもあるけど、これは教会にとって未来の課題なんだろう。
 「戦争は人間の仕業です。戦争は人間の生命の破壊です。」広島で平和のメッセージを発信した法王の姿は、無神論者である俺にとっても忘れ得ない。戦争もまた悪魔の仕業ではなく、人間の仕業である。

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2005.01.15

土星射病に気をつけろ

 センター試験がはじまった。個人的にはこれで忙しさがいくらか緩和される。わが受験生諸君は例年以上に苦労しそうだけど、健闘を祈るよ。

 NHKによれば安倍、中川両氏によるNHKへの政治的圧力はなかったんだそうな。昨年の小泉訪朝をめぐる官邸による日テレ恫喝にも現れていたように、保守政治家による報道機関への圧力は今に始まったことではない。しかし昨日の朝のニュースで、担当ディレクターの証言にもかかわらず、政治的圧力の事実はないとしたNHKのコメントを聞いたときは、NHKを見限ろうかと思ったぞ。
 海老沢問題にはさほど関心がなかったことと、昨年は大河ドラマをよく見ていたこともあり、話題になっていたようなNHKの受信料の不払いなんてするつもりはなかった。NHKの不甲斐ないニュースにはもはやなにも期待していないが、いくつかの優れたドキュメンタリーに塗りこまれた批判精神はNHKの最後の良識だと思っていた。しかしそれももう危ないね。俺が受信料不払いとなる日も近いかもしれん。

 クリスティアヌス・ホイヘンスの名を冠したプローブが、タイタンに着陸し、画像を送ってきた。タイタンは大気もあるし、液体メタンの海もあるらしい。わくわくするね。
 タイタンといえば、松本零士原作のアニメ映画「銀河鉄道999」の中で、タイタンを訪れた主人公星野鉄郎に、戦士の銃を与えた老婆(じつはトチローの母)が「土星射病に気をつけなさい」といっていたのがなんだか思い出される。

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2004.12.13

死に行く捨て駒

 大河ドラマ「新選組!」が終わった。脚本の三谷幸喜さんが昨年末の予告編かなにかで「絶対面白いですから見てください」みたいなことを言っていたので、「ほんじゃ見てやろうじゃないの」という感じでこの一年ずっと見てきた。
 実際のところ、新撰組に思い入れのない俺が見ててもホント面白かったよ。三谷さんにしてやられたという感じ。以前も書いたけど、登場人物が多いのでわかりにくくなりがちな大河にあって、この作品はキャラが立っていたため飽きなかった。キャストも生き生きと演じていて魅力的だった。三谷さんは様々な立場にあったひとりひとりの人間を可能な限り人間として魅力的に描こうとしたんだろう。

愛しき友は何処に
この身は露と消えても
忘れはせぬ 熱き思い
誠の旗に集いし 遠い日を
あの旗に託した 夢を

大河には珍しく、脚本家による歌詞がついていた服部隆之作曲のテーマ曲。
その歌詞は物語の終盤になってようやくリアリティをもつようになっていった。

 斬首される勇が、ふと目に入った小川のあまがえるやメダカ、空を飛ぶつばめたちをなんともいえない表情で見やるシーンがあった。まるでタルコフスキーの映画を見ているよう。涙が出そうだった。

 この国がこういう時代だったのは、なにも勇たちのいた1世紀以上の昔じゃない。つい数十年前にも前途ある若い命が時代に巻き込まれ死んでいった。イラクにいる自衛隊はあの時代の勇たちのように、死に行くべき捨て駒なのか。派遣延長は閣議決定されたが、ドラマの中で勇たちを死地に赴かせることになった勝海舟が抱いていたような心の痛みは、はたして小泉首相にあっただろうか。

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2004.08.04

偏っている?

 ここのところまったく書いてなかった。このblogを読んでくださる方は、多少疲れてて文章が感覚的であることをご理解いただきたい。仕事に没頭するとその他のことがなかなか考えにくくなるというのはおそらく本当だ。そんな哀しい社会人になりたくなかったじゅうごの夜~♪

 先週土曜夜はそれでもバドミントン仲間で飲み会をしてそれなりに楽しかったが、体調不良のまま参加した昼間のバドミントンの疲れが取れず、また仕事でちょっときつかった。しかし今日は飯○の花火大会なので、うちの職場は会場に近すぎて仕事にならんので臨時休講。例年、夏は週末の休みが減ってしまうこともあって、このところ充分な疲労回復ができなかったから、一日中ダラダラして過ごしたのだがいい休養になった。
 今週末はやっと盆休み。土曜には遠方の友人が来るので、それまでに博○ラーメンのおいしい店をチェックしとかなくてはならない。俺のラーメンデータベースは数年前のままだ。

 夕方から3日ぶりに家のPCを起動。来るべきWindows脱却の日のため、使えるLinux DeskTopをめざして、2日に発表されたばかりのVine Linux 3.0をダウンロード。昼寝しながら家の古い富士通PCワークステーションにインストールしてみる。PentiumII 300MHzデュアル、256MBでHDDは4.3GB。FedoraCoreにはちょっときつかったがVineなら使えるかも? でも寝ぼけながらやったのでISAのサウンドカードが認識されず、Xの設定も適切なモニタが見つからなくて失敗しちまった。PCIサウンドカードに換装しての再チャレンジは時間がないのでまた今度ということに。

☆「偏ってる」

 小泉首相は「『華氏911』は政治的に偏っているから見ない」んだそうな。そりゃ盟友ブッシュうがコケにされりゃ見たくないだろうけど、「偏ってる」ってのは笑える。この言葉、昔、ある種の雑誌や映画を見てるとよく言われたよね。個人的には思想に「中道(まん中?)」なんてあるわけないと思うんで、他人に迷惑をかけない限り右だろうが左だろうが「偏ってて何が悪い」と思う。放送法から「政治的公平条項」を削除し、宣伝放送をはじめることを検討している政党の党首がなにいってるんだっての。
 マイケル・ムーアは反ブッシュのヒーローだ。 「ボウリング・フォー・コロンバイン」も痛快だった。アメリカが起こしてきた戦争のニュース映像と、バックに流れるサッチモの歌は、「グッドモーニングベトナム」を思わせて心がひりひりしたよ。今度の映画にもちょっとした覚悟がいりそうだね。

☆役者としては・・・

 ケリーさん大丈夫? ブッシュの小手先の政策にいちいち反応していて心配。もともと器用じゃないし、なにかと人騒がせなブッシュに比べりゃ話題も豊富じゃないんだから、やつの対抗馬としてはイマイチ不安。まあケリーになってアメリカの政策が急旋回するなんて幻想は抱いとらんけどね。

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2004.06.20

天空のバッハ

 7年ほど前、職場で購読している朝日新聞の夕刊で読んだ、グレン・グールドと漱石についての興味深い記事を覚えている。グールドは、漱石の「草枕」を英訳で読んで傾倒し、音楽劇に仕立てたいと考えていたという。しかし結局、1981年に彼は死去し、それは実現しなかった。だが、俺はその楽劇とはどのようなものになりえるだろうかとあれこれ想像してみた。

 カナダ生まれのグールドは、その独特の完全主義ゆえか、コンサートを嫌い、32歳のときから50歳で亡くなるまでの18年間、コンサートを一切行わず、スタジオ録音を熱心に行ったことで知られる個性的なピアニストだ。

 蛇足だが、カート=ヴォネガットJr.の原作をジョージ=ロイ=ヒル監督が映画化した「スローターハウス5」。この映画は一度しか見たことはないのだが、冒頭からグールドのピアノで「チェンバロ協奏曲第5番第2楽章」が流れていたことが鮮明に思い出される。そうでなくてもSFばかり読んでいた中学高校時代の俺にとって、グールドのバッハは格好のBGMだった。ほとんど毎日「平均率クラヴィーア組曲」や「ゴルトベルク変奏曲」を聞いていた。彼のレコードを注意深く聞いていれば、彼が自分の弾くピアノとともに「歌っている」様子を聴きとることができる。

 さらに想像をめぐらそう。俺の物の見かたに強く影響を与えてくれたカール・セーガン博士についてはすでに書いた。思い出されるのは、セーガン博士の発案で、惑星探査機ボイジャー1号と2号に積まれた「地球の音楽」というレコードである。人類史上はじめて人工物として太陽系外に出た幸運なこの兄弟には、さまざまな人種によるあいさつの言葉や、ザトウクジラの歌などとともに、グレン・グールドの弾くバッハの「ゴルトベルク変奏曲」が収められたレコードが、再生装置とともに積み込まれていた。

 遠い未来、宇宙のどこかで誰かがグールドの引く個性的なバッハを聞いているのを想像するのはなんとも愉快なことだね。

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2004.06.19

センス・オブ・ワンダー

 それは、あの足元が危うくなるほどの衝撃をいうのだろう。中学生のとき、アーサー・C・クラークの「2001年宇宙の旅」を読み、脳天を思い切りどつかれるような衝撃を受け、SFに興味をもつようになったころのこと。

 数百万年前の人類の祖先は、不思議な石版に触れはっきりと進化の道筋を進み始める。道具(あるいは武器?)をうまく使うことを知り、人類は生き延びることができるようになった。しかし、その進化は、「地球外からの刺激」がもたらしたものだというのだ。
 当時の俺は、「2001年宇宙の旅」というクーブリックの映画に触れるより先に、クラークの小説を読んでしまったわけだ。映画にもある冒頭のシークェンスについて、人類の進化が、神のごとく超文明らしきものの導きで起こったという解釈はしなかったが、キリスト教を信じる人々のいくらかは、あれこそ神の導きをあらわしているといい、キリスト教と進化論との折り合いをつける話であるとみる向きもある。

 まあ、クラークの小説とクーブリックの映画はまた別物であり、それぞれの作者の世界観が反映していると思うが、俺はむしろ、クーブリックがその有名な冒頭部をその映画のテーマに用いたリヒャルト・シュトラウスの交響詩「ツァラトゥストラかく語りき」のごとく、「もはや神は死んだ」といい、「猿から人へ、人から超人へ」といったニーチェの思想をみておきたい。もっとも、唯物論に立つ俺は、人類がいくら「超人への意思」をもっていたところで、そちらに順調に進化するかどうかはまったくわからないと思うが。

 しかし同じ小説や映画を見ても、人によってまったく違う結論が出るのだから、「2001年」は小説も映画もほんと面白い物語だと思う。

 小説のほうは、クラークによって「2010年宇宙の旅」「2061年宇宙の旅」「3001年終局への旅」と書き続けられ、クラークのイマジネーションの一種の極限を見ることができる。

 クラークはまだ元気でいてくれているだろうか。

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