2005.12.12

ドレイクの方程式

 BANYUUさんのブログ「裏・21世紀の歩き方大研究」の「広い宇宙に地球人しか見当らない50の理由、を読んで」というエントリを拝読し、「ドレイクの方程式」のことを思い出した。
 ドレイクの方程式とは、アメリカのフランク・ドレイク博士が1960年代に発表した「宇宙に知的生命体がどれくらい存在するか」を推定する有名な方程式である。

N = R* × fp × ne × fl × fi × fc × L

N 我々の銀河系に現存する地球外文明の数
R* 我々の銀河系で形成される恒星の数
fp 恒星が惑星系を有する確率
ne 1つの恒星系で生命が存在可能な惑星の数
fl 上記の惑星で生命が実際に発生する確率
fi 発生した生命が知的生命体にまで進化しうる確率
fc その知的生命体が星間通信を可能とする文明を獲得する確率
L 星間通信を行うような文明の推定存続期間

 コーネル大学でドレイク博士の同僚だったカール・セーガン博士の「コスモス」を読んでこの方程式を知ったのは、中学生のときだっただろうか。当時は米ソ冷戦のさなかで、核戦争の危機はすぐそこにあるかのようだった。

 情緒的には、文明が自滅せず長続きしていれば、いつか異星の知的生命体とコンタクトすることもあるだろうと思いたい。人類がまだ他の惑星の知的生命体と出会わないのは、まだ地球人類は知的生命としても技術的にも未熟だからなのだと。
 しかし言い換えれば、自滅してしまうような文明は、宇宙にあふれている他の生命と出会う資格はないということでもあるわけだ。いつまでも孤独で、いつまでも同族同士の殺し合いばかりやっている地球人類は、「文明とは、結局自滅していくものだ」ということを実証する無数の例のひとつになりはしないだろうか。このことを考えるといつも慄然とする。

 セーガン博士は、この方程式の「宇宙に存在する文明の多いか少ないかを決定付ける要素は、文明の存続期間(L)である」という点を強調し、核戦争による人類の滅亡を警告する一方で、知的生命体を探す壮大な試みとしてのCETI(のちのSETI)を提唱した。

宇宙人に会いたければ、戦争をやっている場合ではないのである。

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2005.08.28

「科学的思考」と「科学万能主義」

 tenjin95さんのブログ「つらつら日暮らし」から、さきに書いた「インテリジェント・デザインを信じる人々」というエントリに興味深いトラックバックをいただいた。tenjin95さんは仏教系の研究所に勤務する研究者だそうで、僧侶でもいらっしゃる方だという。非常に興味深く拝読したが、いくつか俺の思ったところを書かせていただくことにする。

>>必要なのは、世界の有り様を観ていく智慧と、智慧をたゆまずに発現していくための修行です。修行しなければ発現しないのか?といぶかる方がいるかもしれません。例えば“科学的思考”などを強硬に振りかざす方が、まさに不要と叫ぶでしょう。

 このブログで俺はまさに「科学的思考」の立場を何度も振りかざしてきたわけだが、俺がtenjin95さんとは異なっている点は、「科学的思考」と「科学万能主義」は大きく異なると考えているところである。後者の立場は、じつは科学的思考でもなんでもなくて、一種の狂信ともいえなくはない。「科学的思考」と「科学万能主義」について、俺の感じたことを少々コメントをさせていただこうかと思う。

>>最も合理的な生き方は、必要があったときに自分の思考法を変えることであり、拠り所としている特定の領域を疑い、破壊し再建する労苦を厭わないことです。

 本当にもっともなことだと思う。でも、これは科学の歴史にもあてはまる。科学の理論の歴史もまさに「諸行無常」の歴史なのだから。

 「科学的思考」とは、ある時点での観測された事実と、それから推測される事柄からものごとをできるだけ正確に知ろうとする手段であると思う。時代が変わり、新しい事実がわかれば、理論は破綻し、あたらしい理論に取って代わられる。科学は時代性をもった道具であって、絶対的な価値基準なんてものじゃない。

 仏教でいう「諸行無常」が、あらゆるものはやがてが壊れ、流転していくということに根ざした主張なら、tenjin95さんはおわかりになっていただけると思う。「物理法則」というのはなにも「神の裁きの手段」ではなく、「諸行無常」の真理とおなじように、「見える世界だけでなく、見えない世界までも、できるだけ正確に知ろう」というときに、一種のものさしとなるものであると、俺は考えている。

>>科学万能主義も宗教万能主義も要らない。むしろ万能なんて事があり得ない、事象の限界を見定めて、限界の中でどうするかを考えて生きていきたい拙僧でした。

 多くの科学者も、決して自分では行くことができない世界のことを考えたり、生きている間にはおそらく解明できないであろう多くの謎に取り組んでいる。俺も「事象の限界を見定めて、限界の中でどうするかを考えて生きていきたい」という考えには大いに賛成できる。

 そういう意味では、「科学は万能である」などという科学者がいたとしたら、その科学者は歴史の残る新発見ができるようなすぐれた科学者じゃないだろう。ガリレイやアインシュタインも当時の科学界に巣くう守旧派に攻撃された。彼らの立場は宗教改革者を否定し、旧い教義にしがみついたある種の宗教者たちと同じである。

 tenjin95さんに対して反論めいたことを書いてしまったが、先に述べたように、俺はこの記事だけでなく、tenjin95さんの文章をいろいろ興味深く拝読したのも事実だ。じつは科学と宗教の問題を考える上で、興味があるのは仏教の思想だ。俺の尊敬する科学者、故カール=セーガンは、晩年ダライ=ラマとながい対談をおこなった。また科学者でSF作家のアーサー・C・クラークも、未来社会には一神教はもはや支持を失い、仏教しか生き残っていないような社会のことを書いている。

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2005.08.05

「インテリジェント・デザイン」を唱える人々

米大統領、進化論に異議 「別の考えも教えよ」

【ワシントン3日共同】

 ブッシュ米大統領が、進化論に異を唱えるキリスト教右派の主張に同意し、公立学校の授業で進化論以外の考えも示すべきだと発言、波紋を広げている。
 大統領は1日に行われたテキサス州の地元紙とのインタビューで、聖書を厳格に解釈するキリスト教右派が熱心に説いている「インテリジェント・デザイン(ID)」に関する見解を聞かれた。
 人間の複雑な細胞の構造は進化論だけでは説明できず、「高度な理知」の手が入ることにより初めて完成するというのがIDの骨格。一部の学者は支持しているが、「科学の衣をまとった信仰だ」との批判が大勢だ。

(共同通信) - 8月4日9時29分更新

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 アメリカでブッシュ大統領の強力な支持基盤でもあるキリスト教原理主義者(根本主義者)たちは進化論をいまも頑なに否定していることで知られている。いまになってエセ科学を学校で教えろと言うとは、やっぱりあのひともその支持者同様、頑固なキリスト教原理主義者なんだろうねぇ。

 「インテリジェント・デザイン」を唱える人々の主張は、キリスト教原理主義者のスタンスとはやや異なっていて、進化論は認めてはいるものの、進化にいたる『最初の一撃』からその後の進化の過程まで、なんらかの意図をもった知性が手を下した」というような主張をしている。彼らの言うところの「なんらかの意図をもった知性」ってのは言うまでもなく「神」のことだが、そうはっきりと言わないところがエセ科学のエセ科学たる所以だろう。

 もっとも、奴(ブッシュ)だけ見てれば、ヒトが猿から進化したというのが信じられないってのも、少しは理解できるかもしれないね。現に奴はちっとも進化しちゃいないようだ。

ずいぶん昔からあるサイトなのだが、あらためてご紹介しよう。
George W. Bush or Chimpanzee

 また「科学」と「エセ科学」の違いについては、この本を読まれることをお勧めしたい。
カール=セーガン「人はなぜエセ科学に騙されるのか」
上下巻 新潮文庫
 (リンクは上巻)

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2005.07.27

Young Karl Marx

 今日は、マルクスについて書く。ある種の人びとには鼻で笑われそうだが、ちょうど瀬戸智子さんがマルクスについて書いておられたのにしっかりインスパイアされたのだから仕方がない。

木原武一「ぼくたちのマルクス」

 マルクスといえば、その文章が難解なことでも知られるが、この本は1994年刊行のマルクスの初歩的な入門書である。マルクスという人の生い立ちや、マルクスの思想における重要なキーワードのほか、マルクスの思想がバブル崩壊後の現代の日本にもつであろう意義についても平易な解説がなされている。学生に、マルクスについてなにかいい本はないかと質問されると、まずはこの本を奨めているのだが、若い人だけでなく、マルクスに再挑戦しようとしている大人たちにも是非読んでもらいたい好著だと思う。

 この本に紹介されているエピソードで興味深いのは、マルクスがロンドンに亡命し、大英博物館の図書館で膨大な文献を読んでノートに取る作業を地道につづけていた頃、詩人ランボーも、ロンドンに来てこの図書館を利用していたらしいということ。「およそ対照的なこの二人がことによるとすれちがったり、隣りあわせに座っていたりしたかもしれないなどと想像するのも面白い」と木原氏は書いている。当時詩人は17歳であった。

 17歳といえば、この本に紹介されている、マルクス自身が17歳のギムナジウムの学生であったときの言葉にも俺は惹かれるものがある。

「われわれは、人類のために最善の働きができる立場を選ぶなら、重荷のために挫折することはありえない。重荷は万人のための犠牲に過ぎないからである。そのときわれわれが享受するのは、貧しく狭い、利己的な喜びではなく、われわれの幸福は幾百万人のものであり、われわれの行為は静かに、しかし、永遠に生きつづけ、我々の遺灰は高潔なる人びとの熱い涙でぬれるであろう」

なかなか熱いじゃないか、カール青年。
こういうこと、今の俺にはちょっと書けないかもな・・・。
でも、そう信じた頃も確かにあった。

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2005.06.23

きのうは(!)独ソ開戦の日

 今年は終戦60年の節目ということもあって、ロシアではさまざまな行事がおこなわれているようだ。もう昨日になってしまい、タイミングを逃したエントリだが、6月22日というのは、第2次世界大戦中の1941年、独ソ戦がはじまった日であった。

 すこしまえに、ウズベキスタンの反政府でもがニュースになっていた。長期にわたって独裁をおこなったカリモフ政権打倒を要求し、市民が「暴徒化した一連の動きである。独裁政権が倒れるならまことに喜ばしいが、旧ソ連諸国の一連の政変には、「民主化」の押し売りをすすめるブッシュ政権とCIAの関与も噂されており、真相については、よくわからない部分もある。
 またウズベキスタンは、世界有数の綿花の産出国でもある。開発は主に旧ソ連時代に行われたが、ゆきすぎた灌漑によってシルダリアの流量が減少し、アラル海が干上がり死滅しつつあることは広く知られている。

 世界史でおなじみのティムール帝国(1370~1507)の建国者ティムール(Timur , 1336~1405 位1369~1405)は、ウズベキスタンはサマルカンドの、グリ・アミール廟に眠っている。廟の中には、中が空っぽの偽物の石棺が置かれており、ティムールの遺体を納めたほんものの棺の所在は長らくわからなかったが、のちに廟の地下に安置されているのが発見された。その墓石には「何人も、この墓を暴く者は、恐ろしき者に打ち負かされるであろう」と記されていた。
 1941年6月22日のこと、ソ連の学術調査団は、なんと乱暴にもハンマーを振り下ろして石のふたを打ちわり、棺を開けた。まったく、無神論者は恐れをしらない。ティムールの遺骨には、足を引きずって歩いていたという伝説のとおり、足の骨には大きな傷のあとが残されていたという。

 そのまさに同日、ドイツ軍がソ連領内へ攻め込みバルバロッサ(赤ひげ)作戦が始まったというのである。それ以来、ティムールの墓は封印され、誰もそれを開く者はいないという。独ソ戦による死者はソ連だけでも2000万人を超える。ティムールの呪いとかたづけるには、両国の人民と将兵にとってあまりに悲惨な戦いだった。

 悲惨な戦いといえば、奇しくも今日23日は沖縄戦の慰霊の日。


※追記
 「無神論者は恐れをしらない」などと書いているが、俺ももちろん自称無神論者である。誤解なきよう・・・

※追記2
 事実誤認があったため訂正した。カリモフ政権は「倒れた」などと書いていた。なにを勘違いしたのか。まことに恥じ入る次第である。申し訳ない。

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2005.04.23

憲法 その崇高な理想と目的

 ゴールデンウィークの休日のうち、4月29日の「みどりの日」は最近「昭和の日」などと名称変更されるらしい。あのひとたちはこの日が昭和天皇の誕生日だったことをそんなに思い出させたいのかねえ。
 昔、俺の通った大学の政治学の先生で、いまでも地方テレビ局の選挙報道によく出てくる某国立大の教授が、講義の中で、「私は右翼なので天皇誕生日賛成です。どうせなら神武天皇以来、歴代すべての天皇の誕生日を全部休日にしてほしいと考えます」なんて冗談をいっていたのが思い出される。そういえば、俺が大学3年生だったころまで、かろうじて4月29日が「天皇誕生日」だったんだっけ(ここで年齢がバレる)。

 そして5月3日はいうまでもなく憲法記念日。最近はかつてないほど憲法についての議論が活発だが、俺は情緒的に現行憲法を愛しているし、信条として支持している。

 改憲論者の一部は「憲法はもはや古く、現在の世の中には対応できていない」という。現在の憲法が制定されたとき、想定されていなかったという意味の「新しい人権」の保障はどうするのかと。一部の政党などはそれにのせられて「憲法の民主的条項の改正なら支持する」などと表明しているところもある。しかし、改憲論者の陥穽にハマってはいけない。
 俺は、環境権は憲法に明文化せずとも、現在の憲法の規定にある生存権(25条)や幸福追及権(13条)にその根拠を求めることができると考える立場を支持する。また、「知る権利」や「プライバシーの権利」についても、現在の憲法条文に根拠をもつ立法行為によって対処可能であると考えている。まして取り急ぎ憲法を改正しなければならないようなものではまったくない。

 また、よくいわれる「憲法裁判所」の設置の必要性も特にないだろう。もともと憲法において違憲審査権をもつはずの裁判所が、「統治行為論」の名のもとに、本来影響されるはずのない政治的な理由で判断を避けてきたことこそが問題なんであって、最高裁判所は「一切の法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する終審裁判所」(81条)であると憲法は定めているんだから、司法権の独立性をより高め、機能強化することで対処できるはずである。

 これらは、自衛隊法その他の制定について、9条をほとんどなし崩し的に解釈変更することによって強引におこなわれてきたために発生した矛盾にくらべれば、とるに足らない問題だ。中学校の社会科公民分野の教科書だって、憲法は国の「最高法規」であるということくらいは教えている。

※「第98条 この憲法は、国の最高法規であつて、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。」

 改正論者にとってのの本丸は、さまざまなことでカモフラージュしたとしても、第9条であることに疑いの余地はない。改正論者は「憲法を改正する場合は国民投票をおこなうと規定されているにもかかわらず、国民投票について定めた法律がないから制定しなければならない」なんていっている。しかし、あくまでも個人的な意見として言わせてもらうなら、第9条なんかよりもさきに、第1条の「天皇の地位」について考えてみてはどうかと思うよ。天皇の地位については、憲法には「国民の総意に基づく」(1条)と規定されているにもかかわらず、天皇制の存続に関する国民投票といったものは規定として持っていないよね。憲法草案が旧帝国議会で採択されて以来、日本国民が天皇制の存続について尋ねられたことは一度もないんだが、これは問題ないのかね。

 しかしながら、そんなことは些細なこと。今はこの憲法を一言一句変える必要はない。半世紀以上経ってもいまだ色あせない進歩的な条項は、なんとしても守らなくてはならない。一部の改憲論者は、この憲法がもはや古臭く、国際社会から嘲笑されているかのように言うが、いったいどこの誰がそんなこと言っているというのだろうか、知っていたら教えてほしいものだ。


(日本国憲法前文より)

「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。

われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。

日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。」

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2005.02.05

忙中閑あり?

 センター試験は終わったが、私立大学の受験や中学生の高校受験などで、いまのところ仕事はまだまだ忙しい。忙しく仕事をこなすだけなのはどうも精神衛生上よくない。そこで、たかが知れている職場の空きコマではあるが、少しでも暇をみて読書をしてみようと思った。まあ何をするにも十分とはいえない空き時間(なにせ数十分)だが、仕事中でもあるので、仕事の資料調べも兼ねていると言い訳できるようなものを読もうと思う。

 この2週間で10年ほどまえ話題になったヨースタイン・ゴルデル「ソフィーの世界」を改めて読んだ。分厚い本だが読みやすく、先週月曜の空きコマから読み始めて、昨日やっと読了。読み直してみるとやはりすごく面白い。哲学入門であったり、メタ小説になってたりで、筒井康隆を思い出させる。これを参考にして数年来とりかかっていてなかば放棄している高校倫理のテキストを書きなおしてみたい気になってくる。とりあえず意欲はわくね。これまでだって学生に推薦してきたけど、自分で改めて読むと本当に面白かった。

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2004.07.05

弁証法的に学ぶ

 せとともこさんが書かれていた「人はなぜ勉強するの?」という問いについて、すこし考えてみた。俺もやっぱり高校生のときは、文学や歴史なんかよりおのれの恋愛のほうがよっぽど大事だった。せとさんが書かれていらっしゃるとおり、中学高校の勉強が大学での専門学問の土壌をつくるということは、大学に入ってその学問の面白さを知ってからやっとわかることなんだよね。中高生にわかりやすく説明することはなかなか難しい。

 30代なかばとなり、限られた時間というものの大切さを思い知らされた今も、職場で10代の中高生といつも接しているから、知識や学問、そして思索によって、俺自身、いつまでも成長するはずだという幻想を抱いている。まあ気楽な独身生活ゆえかもしれないけど。

 思えば10代は、詩や歌にもうたわれる月並みな表現なのだが、人生の中で特に素敵な時期だろう。好きなことに耽溺しつつも、いろいろなことを学ぶことが許されるし、考えることもできる。本人が自覚的でなくとも、個人の考えというようなものは、この時期なんとなく創りあげてられていくものだ。

 本を読んで多くの先人の思想に触れる。それで「わが意を得たり」と興奮することもあるだろうし、「これはおかしい」と、自分なりに情緒的、あるいは論理的に批評しようと試みることもあるだろう。人間として生きていく上で、他人の意見に共鳴できることはとても嬉しいことだし、道理に合わないことや非合理的なことに疑問をもつのもまた当然のことだろう。
 もちろん読書を多くこなしたからといって、この時期の迷いや悩みがキレイさっぱり解消してくれるということなどあるわけがない。場合によってはむしろ悩みは思索によって深化あるいは増幅されるかもしれない。しかし、しばらく時間がたったらどうでもよくなるような相違点や対立というものがあることもまた確かなことだ。人生経験が豊富とはとてもいえない俺が言うのもなんだが、この時期に悩むことや迷うことは絶対に無駄ではないと思う。ものごとを学ぶにあたってのスタンスがあるとすれば、「弁証法的に学ぼう」と言っておこう。

 俺が大学生のときは、ヒマだったが金もまたなかった。部屋で何もしていないときなど、天井の木目を見ながら、自分の人生や社会についてあれこれと物思いに耽ることができた。当時は無限の空虚に感じられた時間だったが、もしかしたら人生の中でも唯一無二の悦楽だったのかもしれない。そしてあの日の思索や、友人たちとの議論が今の俺の人格の一部をつくっているのもまた確かだ。俺の友人に「大学生がヒマで思索に耽ることは一種の義務だ」といった奴がいるが、そんな日々がじつは尊いものだったことは、日々の暮らしに追われる日々の中で、俺も本当に実感する。いくら仕事がきつくとも、仕事から帰って、酒飲んで風呂に入ったらあとは寝るだけという生活は拒否したい。10代のときのようにはいかなくとも、どんなことでももう少し考えたいし、悩んでみたい。この世界を理解し、できることならそれを好ましいと思われる方向に変えていきたいと思う。
 世界中の様々な芸術や思想、科学を学び、豊かな知性と人間性を身に付けた人間。俺が人生の終わりまでにそこに到ることができなくったって、俺の教える生徒や学生たちには、時間があるうちに少しでも近づいてもらいたいと思っている。

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2004.05.06

認識と実在

 5月2日付の毎日新聞「今週の本棚」欄で、哲学者の村上陽一郎氏が、日高敏隆「動物と人間の世界認識」の書評を行っている。彼はこの中で、自身の主張である「認識の多元性」を高らかに主張し、日高氏の著作によって自らの主張の正しさが証明されたかのように誇らしげに書いている。さらに「科学は唯一、絶対の真理の『世界』を追求している」という「信念」が普及しているため、「科学者の一部」には、自分の主張を理解せず批判にならぬ批判をされ恨みをもっている」と主張する。

 まあこれは書評欄なので、彼の得意の「科学者悪者論」は控えめであるが、日高氏を「科学者の中にも、認識された『世界』というものについて、これだけの洞察をする人が現れた」と称え、「率直に喜んでいる」と書くことで、日高氏以外の「その他の科学者」を間接的に批判することは忘れていない。

 村上氏の「認識の多元性」とは、氏の言葉によれば概要はこうだ。

「動物の認識する『世界』と、人間の認識する『世界』は異なる。また、同じ人間の認識する『世界』でも、時代や共同体が違えば、いろいろであり得る」

 氏のいうことは自然科学的に見てもあたりまえといえばあたりまえである。人間と他の生物では感覚を受容する器官が異なるのは当然だし、感覚に対する反応が生育環境や文化、宗教などの差異によって、人ごとに認識が異なることも当然ありえる。しかし科学者は「認識されたもの」と「客観的実在」と混同してしまうようなことはない。

 「認識の多様性」を科学者が認識していないという前提は、一種の決め付けあるいは論理のすり替えではないだろうか。まるで「世界を認識する主観が多様」であることと「客観的な世界などというものはそもそも存在してない」ということを意図的に混同させようとしているかのようだ。これではまるでソフィストの詭弁だ。

 彼は自身のアメリカでの経験を例に挙げ、「日本語にあるアブラゼミやクマゼミなどの区別」が「日常語としての米語」になく、ただ六月に泣き出すセミ「ジューン・バグ(六月ムシ)」と呼ばれるだけであるということをもって、「言葉が無いということは、しばしば、その認識の『世界』では「意味あるものとして認められていない」ことになると書き、「認識された『世界』は人間にとって、動物にとって、ある意味を持ちます。私たちは、そうした「世界の意味づけ」のなかで初めて、生きているのだと思います」と結論づける。

 人間が認識した物事と、それに与えられる言葉(名前)の問題は、mossarinさんのblogでも書かれていたことでもあり、さまざまな考察が可能だと思う。人間は「世界の意味づけのなかで初めて生きている」のではなくむしろ「生きているから世界に意味づけを行う」のだと俺自身は考えている。

 村上氏のような立場は、誰も知らない深い森の奥で一本の木が倒れても、誰の知るところともならなければ、その木は存在しなかったのと同じことである」という唯我論の有名な命題とかわりがないように思える。
 俺は幼いころ、不遜にも、この世界は俺の意識のある間だけ存在を許されているものであって、俺が睡眠におちる瞬間に溶けてなくなるのではないかと考えたことがあった。しかし成長するにつれて、この世界というものは、じつは自分の意識とはかかわりなく存在しているのだということを、世界が思ったほど自分の思うようにならないという事実によって、まさに経験的に思い知らされた。カール=セーガン風にいうと、自分は「宇宙を思うままに操る神」から、「宇宙の中の一瞬だけ存在を許された矮小な存在」へと「大降格」されたのだ。

 唯我論に代表されるいわゆる主観的観念論は、「経験にもとづく演繹的思考」を旨とする科学的な思考法とはそもそも相容れない論理である。科学者が彼のような立場に立たないのは、その探求の手段からも目的からも当然ではないか。

 村上氏は著書『新しい科学論』の中で「科学の知識は累積もしなければ進歩もせず客観性もない」と記している。彼は科学者の反論を「批判にならぬ批判」と切って棄てるが、実際は彼が科学の思考方法に先に「イチャモンをつけた」のであって、科学者の側が先に彼を批判したのでないことだけは明らかだ。村上氏は、日高氏の言葉を借りて、「科学もまた私たちが得た『意味づけの世界』」「イリュージョン」にすぎないと主張し、「科学的思考」がまるで宗教の教義かなにかであるように貶める。いったい何が狙いなのかと勘ぐりたくなる。

 このような氏の観点に立ち、「名前をもっていない」だけで、その存在をも否定されることになるというのなら、名も知らぬ遠いイラクの民衆がアメリカ軍の攻撃によっていくら死んでも、我々の知るところとならなければそれは存在しないも同然だということだ。また、敵対するアラブとイスラエルには、それぞれイスラム教とユダヤ教という「世界」がそれぞれに存在していて、人間とモンシロチョウの認識する「世界」が異なるように、永遠に互いの共通項は見つからないということになる。少なくとも俺はこのような立場はとらない。

 念のため、村上氏のWebページに掲載されたエッセイのなかからイラク戦争に関係した部分をリンクしておく。ここで氏はブッシュについて「人間としての『軽さ』を感じてしまう」と述べるも、「非難はブッシュだけでなくサダム=フセインにもなされなければならない」と主張し、結果的に反戦論批判を展開している。

 スタニスワフ=レムの小説「ソラリスの陽のもとに」に登場する科学者たちは、「ソラリスの海」という理解を超えた存在がもたらす不可思議な事象を恐れつつも、観測し、分析し、時には悩み、絶望の淵にまで追い込まれながらも、それらを理解し「名前」をつけようと試みる。サルトルの実存小説の登場人物なら「嘔吐」してしまうところだろう。
 しかしながら、理解できぬ不可思議なものを恐れ、忘れ去ろうとすることと、それらを対象化し理解しようと努めることは、人間の思考や行動の様式についての鏡の両面のようなものである。

 もちろん俺は科学者ではないが、できれば科学的な思考によってこの世界に対峙し、それを理解しようと試みたい。たとえそれが広大な「未知」の砂丘の砂粒を「既知」のこの手で作った小さな砂山に移すような、果てしない試みであったとしても。

※参考サイト
村上陽一郎のホームページ

「黒木玄のウェブサイト」より
「藤永茂による村上陽一郎批判」
村上陽一郎の「微分の言い抜け」説

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2004.05.05

神々の名のもとに

 イスラム教の開祖ムハンマド(マホメット)は、自分のことをモーセ、イエスに次ぐ預言者であるといった。まあ、「最後で最高の預言者」っていってるところはなんとなく不遜に感じるが、それでも彼はユダヤ教徒、キリスト教徒を「啓典の民」と呼んで尊重したのである。
 無論これはムハンマドの論理であって、ローマカトリックをはじめとするキリスト教会はまったくこれを認めていない。ユダヤ教はともかく、キリスト教ではギリシア正教もプロテスタントもローマカトリックと同じアタナシウスの流れを汲む三位一体説をとっており、それによるとイエスは「預言者」ではなく「神」そのものだ。しかし、少なくとも開祖ムハンマドの認識はアッラーもエホバ(ヤハウェ)も同一の神だったわけだ。

 パレスチナ問題の象徴、聖地エルサレム。ここはユダヤ教、キリスト教、イスラム教の聖地として知られている。ユダヤ教の聖地がヘブライ王国の王宮の壁の一部が残るという嘆きの壁、イスラム教の聖地がムハンマドが昇天したという場所にある岩のドーム。キリスト教における聖地のモニュメントはなにかというと、かつてイエスが処刑されたゴルゴダの丘に建てられた聖墳墓教会だ。
 この教会はまことに複雑で、内部はギリシア正教とカトリックの祭壇が別個にあり、それぞれ異なる宗派の者は近づいて礼拝することも許されない。また、キリスト教原始の姿を留めているにもかかわらず、力の弱い少数派であるコプト派などは、教会に祭壇を設けることもできず、ゴルゴダの丘を見わたせる離れた場所に祭壇を設けているだけだという。

 考えてみれば、歴史的に見ればイスラム教よりもキリスト教のほうが宗派を問わず排他的で独善的だ。フランスをはじめヨーロッパ各地では、同じキリスト教徒に対してすら「異端」として「十字軍」の名のもとに殺戮が行われた。その後の時代にみられたキリスト教各派の対立が原因の宗教戦争は、イスラムの歴史にはそれほど多く見られない。

 イスラム教徒はかつて「コーランか貢納か剣か」といったように、布教がすなわち征服活動であった。もし相手の部族がまるごとイスラム教徒になるなら、戦うどころか同胞として迎えいれたのだ。 また、被征服民がその信仰を守ることも認め、「ジズヤ」という人頭税さえ納めれば、固有の信仰を守ることができたという。もしもそれをどちらも拒否したときにのみはじめて「剣」すなわち戦いとなった。
 イスラム教はアラブの民族宗教としてではなく、イラン人、トルコ人をはじめ、アジアからアフリカ、ヨーロッパまで広まった要因のひとつは、その寛容性にあった。残念ながら現在のイスラム教徒がそこまで寛容だと言い切ることはできない。その後の歴史的経緯から、他宗教には非妥協的になった部分もあるのかもしれない。しかし、キリストの教えにもムハンマドの教えにも通じる「神の前の平等」という点では、キリスト教社会よりはずっとましな歴史を持っている。
 イスラムは民族や文化は本当に多様であるし、スンナ派とシーア派の教義の対立もあるにせよ、ひとつのムスリムとして同胞意識がある。これがイスラム諸国の人々のアフガンやイラクへの同情の根本にあるのだろう。

 イラク情勢の泥沼化はとどまるところを知らない。相次ぐ外国人の誘拐、イラクの民間人に多くの死者が出たファルージャでの衝突に加えて、米軍によるイラク人捕虜への虐待の事実も明らかになってきた。これは一部では予想されていたことではある。ブッシュがイラク戦争の失敗から大統領選挙で敗北するならそれはそれでかまわないのだが、この瞬間にも、罪もない多くの人々が無差別テロや米軍の攻撃によって傷つき倒れている。

 ブッシュはアフガンやイラクでの戦争のおり、神の名をよく口にした。口が滑って「十字軍」なんて言ってしまいあわてて撤回したこともあったが、アメリカに追随する国々は、まさにローマ教皇による十字軍の呼びかけに応じた各国の国王・諸侯のようだ。彼らは破門を恐れるあまり、あるいは私利私欲を満たすため、イスラム教徒を女子供関係なく虐殺した。十字軍の記憶は、その後の英仏、そして米国の圧力を受けつづけた彼らにとって、まだ忘れられた歴史上の出来事ではないのだ。

 ブッシュが十字軍を気取ってイラクやアフガンを攻撃し、多くの罪亡き人々を死に追いやっている一方、テロリストだって自らの行為を「ジハード」として正当化している。これではブッシュがテロリストと同じ地平に立っていることを自ら証明しているようなものだ。

※2003年11月21日に個人Webに書いたものを改稿。

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