2004.12.13

罪の意識

 長くつきあっているクルマがエンジン移植を行うことになった。ウォーターポンプが壊れ、水がまわらなくなってオーバーヒートしたのが原因。
 エンジンブロック交換はじつはこれで2度目。なにせ20年前のクルマ。若いころ無茶な運転をしていたうえ、長年にわたって通勤からサーキット走行まで一台でこなしてきたおかげで思いきり過走行である。

hiruzen

※この写真は何年か前の某クルマ好きの蒜山高原での集まり。
 あいにくの天気だったけど楽しかったね。


 今年はじめに修理した足回りの修理代50万円に加え、今回の出費はおよそ40万円。昨年の車検費用もいれるとけっこういいクルマが買えそうなんだけど、どうも替える気にならない。同僚曰く「ほとんど愛」である。

 とはいえ、およそ機械というものは使っていれば壊れるものだ。いつかはその日が来るだろう。

 なぜか俺のクルマは、浮気心を起こし新しいクルマを物色していると調子が悪くなるような気がする。ワックスなんてかけなくても、人間が毎日乗ってさえいればクルマは朽ち果てたりしないものだ。しかし最近のように、体調があまりよろしくないとクルマに乗る機会が減ってしまうので、エンジンはなんだか不調になるし、ボディの痛みも心なしか早い。ネットで唯物論者だと大声で叫んでいる俺が言うのもなんだが、なんだか不思議な気分にさせられるよ。

 でも、これはおそらく人間の心が生み出す奇妙な錯覚にすぎないだろう。新しいモノへ次々と乗り換え、古いモノたちを簡単に忘れ去ることへの罪の意識は、俺にも露ほどには残っているようだ。

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2004.11.23

荒野の果て

海よ 空よ そして森の木々よ
俺はおまえたちとともにある
唯一人荒野にあれど
狂気に俺を倒すことなどできぬ
俺はいつも論理的なのだ

真実が言葉で表現できねば
できるように変えねばならぬ
語り部を信じ言霊を信じる愚か者どもや
マテリアルに目隠しし倫理を語る詐欺師ども
常に周りを見まわし
自分が他人と違っていないかと
冷汗をかいている

真実と幻想を取り違えた輩
やつらは卑怯で小心者
人の言葉を皮肉にしか受け取らず
凶悪な目で俺を見る
罰当たりは死ねとばかりに
憎悪の目で俺を見る

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What Mad Universe!

 フレドリック・ブラウンの「発狂した宇宙」"What Mad Universe!"をはじめて読んだのは、中学2年生のころだ。俺がこの作品を知ったのはすでに作家の没後10年以上たってのことだった。いまからおよそ半世紀も昔の1949年に刊行されたこの作品を、ハヤカワ文庫の稲葉明雄氏の訳で読んだんだけど、はたしてまだ版を重ねているんだろうか。
 40年代アメリカのSFパルプ・マガジン全盛期の雰囲気をも伝えるこの作品。特筆すべき点は、40年代末のこの時点において、作者のすでに完成された感のあるSFの批評精神が、単に科学だとか文明だとかではなく、およそあらゆる対象に向けられている点である。当時のSFそのものへのパロディさえも交えている。
 ジャンルとしてはいわゆる多元宇宙をテーマとした作品に分類される。この分野には優れたものが多く、ディックの「高い城の男」や「宇宙の眼」が広く知られているが、現実が徐々に異化していくさまを描くブラウンのこの作品も、決して劣らない傑作だと思うよ。
 ハリウッド映画のような息もつかせぬ展開も見事だけど、物語のプロットも、作者の推理作家としての才能がいかんなく発揮されて痛快。物語後半の、この異世界の構造の説明がなされる部分でのたたみかけてくる迫力はすごい。物語の端々に埋められた伏線の存在にも改めて気づかされ、驚かされる。そして結末もまた、「バック・トゥ・ザ・フューチャー」のごとく、極めてハリウッド的なご都合主義!
 かつて中学生のときに心に描いていた総天然色のイマジネーション。21世紀を迎えた現在、メッキーやドペル、ルナンやわれらが主人公キースらが、スクリーンを縦横無尽に駆け巡る姿も見てみたい気がする。現在のハリウッドの映画技術で、実際にはやってこなかった「まぼろしの1970年代」を映画化してほしいものなんだが。

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2004.06.27

音楽につれて

 中学2年生の夏休みの美術の宿題。創作意欲はわりとあったけれども、それを作品として結実させるには、何故か音楽が必要だった。大音響で鳴らすことが不可欠だった。
 普段聴くパンクやニューウェイヴでは、体が動いてしまって絵筆をとれない。次に、当時の中学生のあいだで賛否両論だった、非常にマニアックでアーティスティックな路線を歩んでいた中期YMOのアルバム"BGM"を聴いたが、これはなかなかよかった。そしてそれに飽きた頃、何気なスイッチを入れたFMチューナーから流れてきたのは、パイヤール室内管弦楽団によるバッハの「チェンバロ協奏曲第1番」。ロック小僧には圧倒的な衝撃をもたらしたねぇ。

 創作意欲は溢れかえり、イマジネーションは絵画制作そのものに留まらなかったのを覚えている。ちょうど絵画ではサルヴァドール=ダリの回顧展を見に行ったばかりだったからなおさらだ。スタンリー=クーブリックによって映画化されたことでも知られる、イギリスの作家アントニー=バージェスの小説「時計仕掛けのオレンジ」 "A Clockwork Orange"に、ベートーヴェンの交響曲に性的興奮を覚える少年が出てくるが、当時の状況は、その主人公の症状に近いものがあった。思春期の少年は、ある種の音楽を聴くと脳内麻薬の分泌量が多くなるみたいだ。

 バッハという人については当時なんにも知らなかったが、彼の作品をFM番組表で見つけると狂ったように聴き始めた。エアチェック(死語)は、バッハの作品を収めたカセットテープを増やすのに非常に重要だった。書架にはいつのまにかバロック音楽やバッハに関する書籍も増えていった。

 正直に告白すると、10代前半のある時期までは、「音楽はパンクかニューウェイヴじゃなけりゃ」なんて愚かにも決めつけていた。今となっては恥ずかしい固定観念だが、当時のディスコ系黒人音楽を頭の軽い体育系音楽とかたづけ、ハードロックやメタルの長い長いギターソロやオルガンのインプロヴィゼーションなんぞは、テクニシャンの技自慢にすぎないと本気で思っていた。今それらを聴くと、それらの良さはすごくよく分かるような気がするんだけれどもね。

 中学3年生のある日、興味本位で聴いたKing Crimson"In The Court Of Crimson King"を聴いたときにも、椅子から転げ落ちそうになるくらい衝撃を受けた。世界が見えていないことを思い知らされたよ。やっぱり凄いといわれているものはそれなりに凄いんだと実感させられた。ロックに衝動だけでなく芸術を感じた。ロクに聴きもせずにオールドウェイヴなどと蔑んでた俺は大馬鹿だったと恥じ入らざるを得なかった。

 そして高校時代はDuran Duranをはじめとするブリティッシュポップに痺れる。当時好きだった女の子はBilly JoelやCulture Clubのほうが好きだったが、俺は異様に耽美的な雰囲気をもった初期のDuran Duranが大好きだった。思い込み系音楽雑誌Rockin'Onを読みあさり、友人のバンドの真似事に付き合っていた。深夜までライヴに出かけ、楽器を弾く楽しさを覚え、酒もおぼえた。ランボーを気どって人生で一番享楽的だった高校時代。ああ楽しい思い出だ。でも、音楽だけでなんで人はこうも興奮させられるのだろうね。

 音楽や文学など芸術を語ることの楽しさを思い出させてくれた、鈴木創さんのサイト 「ロック世代のポピュラー音楽史」

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2004.06.19

センス・オブ・ワンダー

 それは、あの足元が危うくなるほどの衝撃をいうのだろう。中学生のとき、アーサー・C・クラークの「2001年宇宙の旅」を読み、脳天を思い切りどつかれるような衝撃を受け、SFに興味をもつようになったころのこと。

 数百万年前の人類の祖先は、不思議な石版に触れはっきりと進化の道筋を進み始める。道具(あるいは武器?)をうまく使うことを知り、人類は生き延びることができるようになった。しかし、その進化は、「地球外からの刺激」がもたらしたものだというのだ。
 当時の俺は、「2001年宇宙の旅」というクーブリックの映画に触れるより先に、クラークの小説を読んでしまったわけだ。映画にもある冒頭のシークェンスについて、人類の進化が、神のごとく超文明らしきものの導きで起こったという解釈はしなかったが、キリスト教を信じる人々のいくらかは、あれこそ神の導きをあらわしているといい、キリスト教と進化論との折り合いをつける話であるとみる向きもある。

 まあ、クラークの小説とクーブリックの映画はまた別物であり、それぞれの作者の世界観が反映していると思うが、俺はむしろ、クーブリックがその有名な冒頭部をその映画のテーマに用いたリヒャルト・シュトラウスの交響詩「ツァラトゥストラかく語りき」のごとく、「もはや神は死んだ」といい、「猿から人へ、人から超人へ」といったニーチェの思想をみておきたい。もっとも、唯物論に立つ俺は、人類がいくら「超人への意思」をもっていたところで、そちらに順調に進化するかどうかはまったくわからないと思うが。

 しかし同じ小説や映画を見ても、人によってまったく違う結論が出るのだから、「2001年」は小説も映画もほんと面白い物語だと思う。

 小説のほうは、クラークによって「2010年宇宙の旅」「2061年宇宙の旅」「3001年終局への旅」と書き続けられ、クラークのイマジネーションの一種の極限を見ることができる。

 クラークはまだ元気でいてくれているだろうか。

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2004.06.13

踊るジジばば

 政府は自衛隊の多国籍軍参加を可能とする法的根拠は、イラク特措法についての政令の改正で処理するという。国会の議論もなく、行政府の長である内閣総理大臣小泉純一郎の一存でことが決定するということは、日本にもいつのまにかナチスドイツのような、行政府に立法行為を認める全権委任法のようなものが制定されていたということなのだろうか?

                ※                  ※

 以前、中学生のとき教えた生徒で、いま高校生の紫朗くん(仮名)という男の子が、音楽のことでメールで質問をしてきたことがある。俺に音楽の趣味があることを覚えてくれていたようだった。分かる限りにおいてコード理論のことや、PCのシーケンスソフトのことなどを答え、とある作曲入門の本をあげたのだが、それ以来彼はときおり自作曲のMIDIファイルをメールで送ってくるようになった。そこで、何種類かにアレンジして自宅の機材で録音し、とある場所にWMAファイルとしてアップロードしておき、ダウンロードしてもうらうようにした。いわばコラボレーションである。

 そのうちの一曲「辺境の村のジジばば」(なんという題名!)。原曲はパッヘルベルの「カノン」のコード進行を使った、ロールプレイングゲームのBGM風の短い曲。そこで、彼の原曲に少しだけアレンジを施したものと、ロック調のもの、ダンスミュージック調のものを3つ作ってみた。
 そのうち、最後に録音したダンスミュージック調のものがまだネット上にあるので、Windowsをお使いのみなさんに聞いていただければ光栄だ。我ながらどっかで聴いたことがあるようなアレンジになってしまったと思うし、紫朗くんによる原曲が短いのでループしまくっているが、これは昔のゲームミュージックだと思ってどうか許してほしい。

 個人的に、パッヘルベル「カノン」のコード進行は通俗的だとは思うが、明るく前向きな印象で好きだ。中島みゆき「時代」、サザン「yaya あの時を忘れない」、山下達郎「クリスマスイブ」、Village People( & Pet Shop Boys ) "Go West"などなど、調は異なるがこのコード進行を使っている曲はけっこう多い。

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2004.05.28

自業自得・・・

 今回は政治がらみではなく職場での話。先日職場に置いてあるノートPCで原稿打ちをしていると、うちの男子学生(予備校生)が、「パソコンは得意ですか」と訊くので「まあまあだけど、どうしたの」と答えると、「うちのパソコンがウィルスにやられちゃったらしいんです。」と言う。「持ってきたら何とかしてくれますか」とのこと。この学生は俺の科目を受講している生徒ではないけれども、我が職場は講師と学生との距離が近いのがウリなので捨て置けず「空き時間に対応するから持っといで」と言っておいた。

 一昨日、彼はNECの大きなノートを持ってきた。WindowsXPモデル。状況を一目見て事態がわかった。一応フリーのアンチウィルスソフトと最新のウィルスデータベースをインストールして検索してみると、W32なんとかというウィルスが数百個もでてきた。これは空き時間になんとかするとかいうレベルではない。ネットで調べたところ、このウィルスはメモリに常駐し、実行されたファイルに次々に感染していくものだった。システムファイルやアンチウィルスソフト自体にもどんどん感染してしまう。聞けばこの学生は「WinMX」や「Winny」なんかのファイル共有ソフトを使いまくってるらしく、お馬鹿なファイルをいっぱい落としているらしい。数ヶ月前から調子が悪かったということだが、これじゃ自業自得ではないか。感染したのが本人の自覚どおり数ヶ月前だとすると、さんざんネット上にもウィルスをバラまいたことだろうね。

 HDDの中にはいろいろな画像やムービーのコレクションが入っていたが、これらを救出するのはあえてやめとこうと思う。巨大すぎてCDにも入らないものが多いんでこの職場じゃバックアップできない。そもそも違法性の高いものばかりだしね。というわけで、とりあえずリカバリしたまえと宣告。かなり落胆したようだが納得した。

 ちょっとかわいそうなので、IMEの辞書ファイルとブックマーク、メールデータとMP3ファイル群くらいは救出してあげようと思う。いずれにしても、来週まで待ってもらわないといけないね。

                ※                  ※

 このところ体調が不安なのだけれど、今週末は下関のとあるドライブインに、趣味のクルマ仲間で「貝汁」を食べに行ってリフレッシュする予定。土曜は仕事なんだけれど、夜なので参加できそうだ。久々に仲間と会うのはやはり楽しみ。特に夜のドライブはなんだか学生時代に戻ったみたいで楽しいね。まあお気楽な一人身なので、単に学生気分が抜けないだけなのかもしれないけど。

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